−−絶望。君は其の言葉の意味を知って居るだろうか。各々其れは別の形をして居るだろう。

 だが屹度きっと、多くの者は僅かな違いは在れど、存在の消失に対し絶望を抱く筈だ。

 己の消失然り、他者の消失然り。

 だが前者の絶望など一瞬だ。高が知れている、と私は思う。命の消える瞬間の時間等、そう多くは無いからだ。だがそれに引き替え後者は質が悪い。その者が生をその手に持ち続ける限り、その絶望はその者の後を着いて回る。

 想像して欲しい。昨日迄、先程迄、触れていた、会話をしていた相手が居なくなる事の恐怖。温もりも鼓動も、その存在さえも失う恐怖を。其れでも己には明日が必ず来ると云う、絶望を。

「...ナマエ、」

 背後からもう慣れ親しんだ声が聞こえた。だが彼女は振り返らない。高層ビルの屋上、一歩踏み出せば百何十メートル下の混凝土コンクリートへ真っ逆さまだ。

 ナマエと呼ばれた彼女は其処で、唯空を見上げていた。

「ねぇ、中也」

 彼女が漸くその口を開いた。中也と呼ばれた彼女の背後に居る彼は、何かを言いたそうに、だが言えずにその投げ出しそうな背中を見詰めていた。

「こんな思いをさせる位なら、いっそ」

 そう言葉を紡ぐ彼女に、中也は人知れず顔を顰めた。

「私を殺してから、逝ってくれれば良いのにね」

 伸ばした手は何も掴めず、その手の平には唯彼の与えた呪いだけが存在していた。

 此の日、私は二度目の絶望を抱え込んだ。それは一度目よりも深く、長い絶望になる予感がして、その頬に一つの泪を伝せた。