「凄い・・」

ナマエは正に開いた口が塞がらなかった。二人が外へ出てから数分とせずに建物は完全崩壊。尚も破壊行動を続ける中也の手を太宰が取って異能力を無効化。

スッと身体から黒いモノが消えて行った中也はその場に崩れる様に膝を着いた。

「ゴホッゴホッ!」
「中也!」

自我を取り戻した中也は噎せ返る様に咳を繰り返した。ナマエはハッとして駆け寄り、彼の前へと座り込んだ。

「大丈夫・・?」
「ハッ、こんくらい・・何とも、」
「!」

ナマエの心配そうな声に中也は笑う。だがそんな強がりも身体は追い付いてはくれなかった。

「・・チッ、だせぇ」

身体に力の入らない彼は、落ちる様にナマエの肩に其の額を預けた。

「その通りだよ」
「ぎゃ!」

だが其れも一瞬で、太宰のその手に首根っこを掴まれ放り投げられてしまった。

「太宰ィ!何しやがる!」
「私のナマエちゃんに変な虫が付いていた様だったからね」
「誰が虫だ!」

そんな二人のやり取りを見てナマエは安心した。生きて帰れるのだと実感出来たから。

「ふふ、あはは」

突然笑い出したナマエに二人の視線が移る。腹を抱える彼女は一体如何したと云うのだろうか。

「・・っぅ」
「!」

否、彼女は涙を流していた。俯いたまま左手で顔を覆って。

彼女はようやく極度の緊張感から開放されたのだ。この場所へ来てから其れはずっと彼女の喉元に刃を突き付けていた。やたら喉が渇いて心臓が煩かった。

自分はマフィアだ。人を平気で殺し、足先から頭の天辺まで黒いモノにどっぷりと浸かった人ならざるモノだ。

そう必死に言い聞かせる事で平然を装っていた。失敗を一番恐れたからだ。これ程の大きな任務を、二人の邪魔にならない様にする事だけを考えていた。

だが漸く終わった。無事、終わった。二人のやり取りを見てそれを痛感した。それこそ今になって右肩が痛む。ズキズキと其処にもう一つ心臓がある様だ。

「・・何で泣いてんだ彼奴あいつ
「・・そんな事云っている内は中也は私の敵ではないね」
「は?」

二人でそんな会話をして、太宰は一人中也を置いてきぼりにしてナマエへと歩み寄った。

「!」
「なっ・・!」

そして太宰はその腕にナマエをしまい込んだ。肩を抱き、右手はそっとその頭を撫でた。

「良く頑張ったね」

流石私の部下だよ、太宰はそう云って笑った。濡れた瞳が彼を見上げた。其れを見るなり彼女はその表情を歪め、絶え間なく涙が頬を伝った。

彼の外套コートをギュッと握り締め、その胸に顔を埋めた。少し、大人の香りがした。

「・・チッ」

そう云う事か、と中也は顔を顰める。自分は彼女の何も気付いてやれていない。あんな風に抱き締めてやる事も、出来やしない。それが無性に悔しくて、腹立たしかった。

戦っていた時だってそうだ。自分が愉しむ事が頭に立って、彼女の負担に気付いてすらやれなかった。

だが太宰には彼女の見えない部分さえも見えるのだろう。それが何よりもいけ好かない。

「・・中也」
「!」

泣き終えたナマエが赤い瞳のまま彼の元へと駆け寄った。そんな些細な事が少し嬉しくて、僅かに胸が鳴った。

「もういいのかよ、泣き虫女」
「ごめん、なんか気が緩んだらつい」

視線を逸らしてぶっきら棒に云う。そんな態度と言葉しか出せない自分がつくづく厭になる。何て自分は子供なのか、と。

だがそんな彼の言葉を気にもせずに、ナマエは少し恥ずかし気に、それでいて困った様に笑った。其れに中也はフンッと鼻を鳴らして「そうか」とだけ呟いた。

「此れ、」
「ん?・・あぁ」

ナマエが差し出したのは他でもない彼の愛用の帽子だった。中也は其れをナマエの手から受け取ってジッと見つめた。

『ありがと−−中也』

彼女が云った言葉を思い出した。それだけじゃない。あの言葉を云った時の瞳も。そして、自分が云った言葉も感情もだ。

(そうか、俺は此奴こいつが)

唯単純に失いたくないと思った。太宰の名前が出て胸糞悪くて仕方なかった。そんな事、もうずっと前から思っていたのに。今更その理由が分かった。


(好き、なんだな)


その言葉は不思議な程自分の心にスッと落ちて、笑えるくらい甘ったるかった。でも悪くない。そう思った。

そして帽子からナマエに視線を変えた。そんな中也にナマエは首を傾げた。

「俺は、手前を死なさねぇ」

先程と同じ言葉を繰り返した。真剣な瞳と、言葉だった。ナマエは思わず目を瞬かせた。

「此の先ずっとだ」
「中也・・」

そして少し戸惑う様な悲しむ様な複雑な表情をナマエは浮かべた。

「覚悟しておけよ?−−ナマエ」

だがそんな彼女に構わずそう不敵に笑って人差し指を彼女へと向けた。その勝気さと此方の心情を全く無視した自信満々さ、そして初めて呼ばれた名前に驚きながらもそんな中也にナマエは笑った。

「本当、あんたって馬鹿だね」

そう云って柔らかく笑う彼女に、中也も笑った。「馬鹿で結構」と。

「中也、私には云ってくれないのかい?」
「!」

ふとナマエの横にしゃがみ込んだ太宰がそう云った。

「太宰・・っ、手前!」

そんな太宰に中也は思わず青筋を立てた。何故なら彼は中也に見せ付ける様にナマエの肩を抱き、ニヤッとその口角を上げたからだ。

「手前はさっさと死ね!っつか俺が死なす!」
「酷い!中也!私は君の相棒なのに!」
「そう云って其奴そいつに抱き着きてぇだけだろ!離れろ!」

自分の頭上で行われる"痴話喧嘩"にナマエは思わずどうしたものか、と頭を捻らせた。

「いいか!手前には絶対ぜってぇ負けねぇからな!」
「私が中也に負ける何て想像し難いなぁ、って云うか無理だよ!あはは!」
「コノヤロウ・・!」

此の任務後、太宰と中也の二人組コンビは裏社会で【双黒】と呼ばれ恐れられた。その影に、一つの花があった事を隠して。