「此奴は俺を殺し掛けたんだぞ」
「君は本っっ当ーに大馬鹿者だね」
「あァ!?」

心の底から出た様に大袈裟に云う太宰に中也はその顔に思わず青筋を立てた。

「君が彼女に触れた時、彼女は『ダメ』だと云った」

あの必死な表情は唆られたよ、等と話す太宰は楽しそうだ。

「君を殺す気があるなら『触れたらダメ』なんて言葉は出ないだろう」

寧ろ抱き付いて来てもいい位だ、と太宰は両手で自分の肩を抱いた。そんな太宰の言葉に癪だが妙に納得してしまった。自分を殺そうとしていたにしては、余りにも哀しい瞳だったと。

「君は、其処で其の命が潰えるのを待つつもりかい」

太宰は視線を座り込んだ彼女へと変えそう問い掛ける。だが彼女は何も言わない。彼女は分かっていた。彼等の要求を拒否すれば殺される事を。そして彼等が自分を連れてなど行けない事を。

いや、彼女は知らなかった。この太宰治と云う人物を。自分が後に、彼に囚われてしまう事も。

「なら、私と共に心中すると云うのはどうだろうか」
「!」

彼女は太宰の口から出た言葉に思わず顔を上げて彼を見た。中也からは「また始まった」と理解に苦しむ言葉が出て、そして彼女は初めて彼と目線が合った。フッと柔らかく笑った彼は彼女の手を取って其の体を半ば無理矢理立たせた。

だが力任せでは無い流れる様な動作をして「やっぱり君は美しい」と言葉を漏らした。思わず言葉を失った。彼から目が離せなかった。

「・・、っやめて!」

そして立ち上がってハッとした。彼が自分の手を掴んでいる。咄嗟に其の手を振り払おうと手に力を込めた。

「なん、で」

だが其の手は彼に囚われたまま。そして彼も、其のまま其処へ存在していた。そんな彼女の疑問に太宰はニッコリと笑った。

「私も君と同じ異能力者だ。そして私の異能力は全ての異能力を無効化する」

勿論、君も例外では無い。太宰はそう云って彼女の手をそっと撫でた。

「温かい・・っ」

彼女はそう云ってぽろぽろと其の瞳から大粒の涙を零した。数年振りに感じた、人の温もりだった。

「知っての通り、私達はマフィアだ。悪い事も殺しも日常の一つだ」

甘い世界では無い。綺麗な世界でもお伽話の世界でも無い。余りにも悲惨な現実は君を蝕むかも知れない。そして君の命其のモノも。

「其れでも、私と来るかい?」

さっきとは違った、鋭く厳しい声だった。其れは彼女の覚悟を試しているかの様だった。

「・・行きます」

もう、独りは嫌だから。どうせ此処で死を待とうとしていた。命は惜しく無い。だからせめて、願わくば誰かの傍で死にたいと、そう思った。家族を殺した私に、其れが赦されるのであれば。

そんな彼女に微笑んで、太宰は問い掛けた。

「君の名前は?」



****



「ミョウジ」

彼女と初めて会ったあの日から、彼女はマフィアとなった。体術は太宰が、其の他の知識等については中也が彼女の脳と身体に叩き込んだ。

「中原さん」

あの日から数ヶ月が過ぎた。彼女は中也を当初そう呼んでいた。直属の上司にあたる為当然の事だった。

其の日も太宰の体術講習を受けていた彼女を其の後の講習の為に中也が迎えに来ていた。

「すみません、わざわざ来て頂いて」
「構わねぇよ」

そう云って少し後ろを歩くナマエ。少し、と云っても二メートル近く離れて居るだろうか。彼女は人の近くに寄ると云う事は無かった。太宰一人を除いて。

中也は其れに僅かな不満を抱いていた。彼女に触れれば死ぬ。其れは身を持って体感しかけた彼が一番よく分かっている。だが此れは幾ら何でも極端過ぎやしないか、と思う。

「おい」
「何でしょう」

足を止めて振り返れば、ナマエも其の距離を保ったまま足を止める。其れにも中也は僅かに顔を顰めた。

「此処へ来い」
「・・其れは聞けません」

自分の直ぐ横を指差す彼に不安気な瞳をして中也から視線を逸らす。何時もそうだ。太宰が居ない時の彼女は何時も不安そうで不意に誰かを殺してしまうのでは無いかと怯えていた。

「いいから来い」
「無理です」
「上司の命令だろ」
「其れだけは本当無理です」

頑なに拒むナマエに中也は「チッ」と一つ舌打ちを漏らす。そして彼から彼女への距離を縮めて行った。

「ちょ、本当無理ですって!」
「うるせぇ!いいから来いって云ってんだよ!」

気付けばポートマフィア本部のビルの廊下を二人は走っていた。

「しつこいです!」
手前てめぇが止まれば良いだけの話しだろーが!」

叫びながら爆走する二人を当人達は気付いて居なくとも、多くの者に目撃されていた。

「・・あれは中也君と、最近入って来た子だね」

他でも無いポートマフィアの頂点に立つ彼−−森鴎外は其の二人の姿に威厳を纏ったままそう呟いた。

「エリスも走るー!」

そして其の横に佇む金髪の少女−−エリスはそう云ってお気に入りの人形を抱えたまま走り出そうと足を前へと出した。

「ああ!駄目だよエリスちゃぁん!怪我したらどうするのぅ!」
「リンタロウのけち!」

先程の社長の名の重みを携えた彼は何処へ行ったのか。腰を屈めて其の小さな身体を抱き止める彼は屹度社長とは別人だ。

「ん?」

そして遠去かった筈の足音が再び聞こえて来た。突き当りに見える其の廊下を彼とエリスは無言で見つめた。

「ちょ、待てバカヤロウ!来るんじゃねぇ!」
「私がさっき云っても聞かなかったでしょ!」
「手前!俺は上司だぞ!」
「知るか!」

そして二人は先程来た道を往復して行った。

「ねえ、リンタロウ」
「何だいエリスちゃん」
「あの子達何やってるの?」

少女な素朴な疑問に彼は考え、だが其れはポートマフィアの社長と云えど答えは出なかった。

「・・何だろうねぇ」

其の口元は僅かに微笑んでいた。

「何してるんだい」
「!」

そして其の追走劇は彼がナマエを背後から捕らえた事によって終わりを告げた。

「太宰さん!」

後ろから回された手に触れながら、ナマエは嬉しそうに其の名を呼んだ。そんな彼女を見降ろしながら太宰は「やぁ」と笑った。

其の光景に中也は小さく舌打ちを漏らす。気に食わない、とでも云う様に。

「君達が鬼ごっこしてるって聞いてね」

まぁ鬼が予想と逆だったけど、何て云って「私を仲間外れとは頂けない」なんて言葉を漏らした。

「其れは、こい・・中原さんが追い掛けて来るから!」
「手前がいきなり追い掛けて来たんだろ!」

追い掛けられていたナマエはふと思った。彼に自分は捕まえられない。現実的に、だ。ならば追い掛けてやればいいと何故かそう思った。今思えば命懸けの鬼ごっこ。事の発端なんて忘れてしまった。

「大体今俺を此奴こいつ呼ばわりしようとしただろ!」
「やだなぁ、上司を此奴呼ばわりなんてする訳無いじゃないですか。まぁご命令ならチビって呼んで差し上げますが」
「あァ!?誰がチビだ!」
「あんた以外誰がいんのよ」
「手前・・!」

其の日から彼女の瞳が変わる対象が二人に変わった。