Where is a hero? | ナノ


佐々木愛実はマネージャーになってから、一応はちゃんと仕事をしていた。時間に遅れることもなかったし、弱音をはくこともなかった。勿論、いじめだって起こることはなかった。

しかし、問題は仕事ぶりだ。一つ一つの仕事に対する誠意が感じ取れない、つまりは雑なのだ。汗拭き用のタオルは顔を覆うとほんのりと異臭が鼻を掠める。恐らく洗洗濯機から取り出す時間が長いせいだろうと考えている。

ドリンクは分量をちゃんと教えてもらったにも関わらず、なぜか味は極端なほど甘くなっている。以前は酸味がほんのり感じられる、爽やかなものだった。恐らく佐々木の中でスポーツドリンクは市販で売っているものしか飲んだことがないのだろう。自分好みのというよりは、自分が知っているスポーツドリンクの味付けに変えたといったところだ。
糖分濃度が高すぎるスポーツドリンクはあまり良くないことを、佐々木は知らないのだろう。己の好みで相談もせず勝手に味付けを変更するあたり、マネージャーとしては不向きな佐々木自身のいい加減さが露呈してしまっている。

マネージャーの仕事は部員を裏で支える縁の下の力持ちという役割がほとんどだ。部員が部活に集中して打ち込めるように影でサポートし、環境づくりをしていくことが大きな課題である。それが果たして佐々木にできるだろうか。

しかし、部員はみんな佐々木の虜だ。中途半端に残した仕事を放置して応援を始めても、彼らは笑って許す。それどころか頑張りすぎだから休憩するように声をかける者ばかり。彼女の時間をどれだけ休憩にあてるつもりだろうか。

佐々木愛実がテニス部マネージャーとして入ってきてから急変した部員の変貌に、俺は言い表しようのない居心地の悪さを抱いていた。



「それでは隣どうしで答案を交換してください」



佐々木愛実がマネージャーについてから1週間が過ぎただろうか。今は2時間目の英語の時間で、只野先生がさっき行った小テストのまるつけを隣どうしですると言った。しまった、思案に耽りすぎて全くテストに集中できていなかった。昨晩あんなに勉強したのに。そうハッとしていると隣席から声がかかってきた。



「……幸村君?」

「あ、ああすまない」



隣に座る女子は広瀬さんといって、俺がずっと恋心を寄せている人物だった。中1の頃に選択授業の美術で彼女の絵を見たのがきっかけだったかもしれない。その時はクラスも違ったけど、美術部顔負けの独特な色彩、色の組み合わせ、全てに圧倒された。どちらかというとその絵は誰もが認める、というようなものではなく賛否両論を招くようなものだった。例にだせばピカソのよう。ピカソの絵もちゃんと計算して描かれているらしいが、あまりに奇抜すぎて絵の価値を分からない人もいるだろう。ピカソに関しては俺も後者の一人で、どちらかというとルノワールのような綺麗で繊細な絵を好んでいた。しかし、広瀬さんの絵には奇抜さと繊細さをかけあわせた絶妙な黄金比があって、心底感動した。

その後あまりにも気になって広瀬さんについて柳に教えてもらい、どんな人物なのか見に行った。一目惚れだった。実際運命的な出会い方は一目惚れにあるらしい。特別可愛いわけでもないのに、こうして高3になった今でも想い続けている。

そんな広瀬さんと今年初めて同じクラスになり、しかも隣の席だ。佐々木愛実のマイナスをここで0に戻すかのような大きなプラス要素。といっても今は必要以上に話すことはないが、むしろ必要な時に話しかけてくれる。それだけで俺は嬉しかった。

少しバツのついた紙を一瞥して渡そうと隣を見ると、広瀬さんと目が合った。



「…幸村君、何かあった?最近変だけど」

「え…」



驚愕した。広瀬さんにそんなこと指摘されるとは思わなかった。どうしようすごく嬉しい。俺を少しでも見ていてくれた、そして今心配してくれている。



「ごめん、何でもないんだ」

「………そう」



この数少ない会話のやりとりで、俺はかなり救われた気がした。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -