幸村君が去った扉を暫くぼんやり眺めてから、今朝下駄箱に入っていた紙を取り出した。
この呼び出しも、どうせラブレターに関することだろう。しかし最も衝撃を受けたのが情報伝達の早さだ。土日を挟んでいるとはいえ、おそらくこのラブレターについて知っているのはクラスメートに限らない。数日のうちに数十もの生徒に情報を回す程の力をもっている人がいるのか。まさか教師も絡んでくる?
十数分して帰ってきた幸村君から鞄を受け取り、今日は一旦帰ってはどうかと聞かれた。まあ皆勤を目指しているわけでもないので、たまに授業を抜けるくらいは特に問題ない。ノートは明日貸すし今日は家でゆっくり落ち着いて、状況を受け止めることに専念したほうがいいと気づかってくれるのは嬉しい。けれど私は放課後、この呼び出しに応えないといけない。呼び出されてることは幸村君に言いたくない。これ以上迷惑をかけたくはないのだ。それに、あまり事を大きくしたくないからというのもある。だったら、また教室に戻って授業を受ける方が最善だ。
「ありがとう……でも、帰らないし、授業も受ける」
「……ごめん、俺が無理やり広瀬さんを美術室に連れてきたから皆勤、」
「そ、そうじゃなくて、あの、逃げたくないだけだから」
「……逃げたくない、?」
「うん。もう私なら落ち着いてるし、皆勤は目指してないよ。な、何て言うか……今日このまま帰ったら、明日はもっと行きたくないって思うだろうから。ここで戻ることを選ぶよ」
真っ当な高校生活を私は送りたい。大学に出て、最終的に職につくかは決めてないが、誰かと結婚して、一般的な家庭を築く。漠然としているけれど、ありふれた日常と平穏な幸せを確かに感じて生きて、愛する人と生涯を共にする。その愛する人が幸村君だったらなと思うと、また胸がきりきりと痛んだ。
「……広瀬さんって、すごく賢明な人だね」
「え?」
「ううん、わかった。その代わり、何かあったら俺に言ってね。広瀬さんのこと、心配なんだ」
私からすれば幸村君のほうが何倍も賢明で博識で優しい人のように思うけど。それでも私は幸村君に心配されている現状に少し嬉しく思ってしまった。