Where is a hero? | ナノ


正直、行きたくなかった。けれどだからといって、相手が丹精こめて書いたであろう手紙を見ないふりするなんて失礼なこともできない。ちゃんと丁寧に断ればいいし、それが最善策。そう思い、私は中庭へと来たのだ。
ここに両足で立っているのは、私なりの相手への敬意だ。ぱっと見れば気持ち悪い単語ばかりが組み合わされた、相手の構文能力を疑うような文面。けれどそこには、あらゆる想いが凝縮されているのだ。勇気を振り絞って筆を動かし行動に移した相手への、敬意だ。


「お前…っ!騙したな!」


はずだった。騙したな?わけが分からない。思わず口から出た「は?」という言葉は、更に油を注いでしまったらしい。



「俺の手紙を勝手に読んだんだろ?勝手に佐々木さんの靴箱から盗んだんだろ!」



つまり彼は、私ではなく、佐々木さん宛に手紙を書いた?でも私の下駄箱に彼の手紙は入っていた。ま…まさか…入れ間違いだと…。でも私の下駄箱は佐々木さんの下駄箱から見て真正面の位置にある。隣の下駄箱に入れ間違えるならまだしも、なんで向かいと間違えるんだ。ドジなの?実は今目の前で怒っている彼はうっかりドジっ子なの?自分勝手な勘違いも甚だ迷惑だ。地面に下げた目線を上げ、少し冷めた眼差しで相手をとらえようとした瞬間、左の頬に大きな衝撃が加わった。



「最低だなお前!俺に謝れよ!」



180はある背の高い男子が、地面に尻餅をついた私の前に立ちはだかった。もし間違いだったとしても、殴る必要なかったんじゃないだろうか。彼は一見、大人しい好青年だ。自分の感情に任せて人を簡単に殴れるような人間なんだろうか。まさか、一個人の性格さえも、佐々木さんのまじないによって変化しているのか。
どれだけ考えこんでも、左頬と口内の疼痛ですぐに現実へと引き戻される。じんじんと痛む頬はきっと腫れているだろう。痛みと悔しさと理不尽さに緩む涙腺を必死に抑えた。

私は、人前で泣けない。幼少期からずっとそうだった。人前で泣きそうになると脳が勝手に涙腺を引っ込めようとする。無意識のうちに我慢してしまうのだ。それは『人前で泣く=悲劇のヒロイン』という方程式が私の中で息づいているからであり、その息をいつまでたっても殺せずにいるからこうなったんだろう。たまには人に甘えないと生きていけない、それが人間。そう理解しているはずなのに、咄嗟に抑制してしまう。
私のひねくれた様は、一般を上回るかもしれない。自室のベッドでしか安心して泣けない私は、相当面倒くさい人間だ。一人で溜め込んで、誰の前でも言わずに泣きもせずにいれる私を、周りは“強い人間”だと思い込むのだろう。

私は少し俯き、ごめんと呟いた。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -