4時間目の授業は数学だった。不思議なことに、私が一番苦手とする科目なのに、時間の経過は一際早く感じる。計算をしたり先生の解説を真剣に聞いていると、いつの間にか授業終了の5分前。こんなことよくある話だ。
独特なチャイム音が校内に鳴り響き、あらゆる騒音の洪水が押し寄せてきた。筆箱のチャックを締める音、席から立ち上がる時に椅子が床を引きずる音、女子同士のしゃべり声。そんな中で幸村君の優しい声色はかき消されることなく、私の鼓膜を大きく振るわせた。
「広瀬さん、行こうか」
「あ、うん」
幸村君の隣を歩くことが、幸村君と話すことが、最近は当たり前と感じてしまっている。慣れとは本当に怖いものだ。叶わない恋だと自覚しているはずなのに、咄嗟の感情がまるで矛盾してしまう。歩幅を合わせて歩く幸村君は、私が片手で提げていたお土産の袋も自然な流れで持ってくれた。美術室の扉を開けて中に入りそれぞれ向かい合って椅子に座る。テニスの話を嬉しそうに話す幸村君を見て、佐々木さんの言葉がふいに頭をよぎった。
「幸村君は多田さんに片想いしてるんだって、蓮二が言ってたよ」
本当なんだろうか。もし本当だとしたら、なんで幸村君はここにいるんだろう。多田さんがまじないにかかっているから?でも全然そんな悲しそうな素振りを見せてない。器用に隠しているのかもしれない。私と一緒にいるのは多田さんへの気を紛らわせるため…そうだ、そう思えばいいんだ。そう思われてると念じれば、この恋心もさめやすくなる。私は、代用品なんだ。
「広瀬さん」
「…ん?」
「そういえば今朝の手紙は読んだの?」
……忘れてた。私は幸村君の発言で手紙の存在をようやく思い出した。ここで読むしかないだろうか。幸村君の前でこそこそ手紙を読むことはどうかと思うが、ちょっと読んでくるねと幸村君を一人置き去りにして美術室を出るのはもっとどうかと思う。表情を固めたままどうするか考えていると、いち早く察知したのだろう。幸村君は苦笑して、ここで読んでも大丈夫だよと言ってくれた。私は幸村君の心遣いに感謝し、鞄にいれたままの手紙を取り出した。赤いハートのシールを紙面から剥がし、二つに折り畳まれた紙を取り出した。
『いつもあなたを見てきました。あなたは女神のように美しく、僕は堕天使のように醜い豚でしかない。しかし女神であるあなたは、そんな醜い豚をも救う力を持ち合わせている。是非醜い豚というレッテルから解放してください。放課後、中庭で待っています。』
私は手紙を読んだことに対する後悔の念を大きく抱いた。