Where is a hero? | ナノ


おはよう、と広瀬さんに声をかけた。昨日まで合宿だったため、今日は特別に朝練がなかった。だから少し早めに教室へと訪れてみると、広瀬さん以外にまだ数人しか登校していなかった。後ろからこっそり近づいたためか、広瀬さんは驚きながらおはようと返してくれた。



「あれ、その白い便箋は?」

「あー、いや、なんでもないから」



ぎゅっと握って鞄の中にしまう。白い便箋はくしゃりとしわを寄せて顔を隠した。ファンクラブの呼び出しとかではないだろう。あんな上品そうなレターセットをまず使わない。となると、やっぱり思いあたるのはラブレター。ここで重要なのは広瀬さんが差出人か受取人か。勿論、一番の問題は差出人の場合だ。今まで佐々木のことばかり気にしていたからまるで気づけなかった。広瀬さんが恋心を寄せる人物がいるという可能性。そうだ、もしかしたらあの時の嫌な予感は、このことだったのかもしれない。とは言っても、あくまでこれは仮定だ。まず差出人か受取人かを確認しなければいけない。明暗をはっきりつけるために俺は小声で下駄箱に入ってたのか尋ねると、広瀬さんは若干戸惑いながらも頷いた。

ラブレターを広瀬さんに送る人がいるなんて、思いもしなかった。悪い意味でじゃなく、佐々木の毒牙にかかってない人間がいたことに驚いているのだ。俺以外にも、正常者がいる?その正常者も、広瀬さんが好き?俺が難しい顔をしていると、広瀬さんに声をかけられた。



「…あの、大丈夫?」

「うん。ありがとう広瀬さん」

「いや…その、」

「ん、どうしたの?」

「…おかえりなさい」

「!ふふ、ありがとう」



広瀬さんが遠慮がちに笑いどくんと胸が高鳴った。広瀬さんは微笑むとすごく可愛い。でもやっぱり遠慮がちにだから、心からの笑顔まで引き出せてない。それは遠慮だけでなく、人前だからでもあるだろう。できればあの美術室で見せた時のような、心からの笑顔を見せてほしいな。

細川忠興のようだ。昔、世界一の美女と言われる程の美貌をもったとされる細川ガラシャを慈しみ愛した男。あまりに綺麗だから誰にも細川ガラシャを見せたくないと独占した。その独占欲は並々ならぬもので、細川ガラシャが庭師に会釈をしただけで庭師を斬り殺したという話まであるほどだ。

さすがに俺も斬り殺すまではいかないけれど、細川忠興のその気持ちがよく分かる。というより、きっと俺と細川忠興は同類なんだろう。そりゃ広瀬さんが細川ガラシャのように、世界一美しい美女だとは思ってない。むしろ普通顔で、とりわけ可愛いとは思わない人も多いだろう。しかしこの時たま見せる微笑みが、ギャップとなって俺の胸を強くつく。というより、可愛いと思わない人がいるのは広瀬さんが普段から無表情で愛想もあまりないからであり、笑うとすごく可愛かったりする。誰にも見せたくない、誰にもとられたくない。全部俺で侵略してしまいたい。切実にそう思うのだ。

だから、そのラブレターをどうにかしないと。いや、広瀬さんがもし相手を受け入れるつもりでいるならの話か。受け入れるつもりでなくともちゃんと告白現場で監視しておく必要があると思うんだ。相手が力ずくで広瀬さんに手を出す可能性だってあるのだから。



「ああ、はいこれ」

「?」

「お土産だよ」

「(本当に買ったんだ)」

「ふふ、東京バナナを買ってきたんだ。広瀬さんさえよければ、昼食の時にでも一緒に食べようと思って。どうかな?」

「あ、うん」



昼休みにラブレターのことについて詳しく聞こう。そうさ、ラブレターじゃない可能性だってあるわけなんだから。ファンクラブ事件の時の柳の手紙が良い例だ。それに広瀬さんは教室や人の多いところで、そういう話をすることを嫌うだろう。彼女は自分の情報を大勢の前で話すことがない。それはきっと、自ら厄介なトラブルを作らないため。他人と一線を引くのもそのせいであり、俺はそんな広瀬さんも好きだ。

俺とならある程度話せるくらいの仲はあるはずだ。だから、昼食の時に話そう。

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