「あっ!佐々木さんじゃないあれ」
「ほーんと可愛いなあ」
「目の保養ですわ!」
「素敵ねー!マネージャーなんて男テニ羨ましーっ!」
特に何事もなく訪れた放課後、なんとなくテニスコートへと立ち寄ってみた。いや、あえて言えば好奇心からだろう。人間の性とは悲しいもので、極力関わりたくないと思う反面未知のものに対する好奇心を抱いてしまう。もう私は佐々木を人間として見られないようだ。
そして私は佐々木が転校する前と今とでテニスコート周囲の大きな違いに気づいた。以前までここの周囲には男テニレギュラーのファン、つまり女子しか応援に来ていなかった。しかし佐々木がマネージャーについてからは、男子も半数をしめるようになってきた。
「うっわ愛実ちゃんまじ美人だよなー!」
「彼女にしてーよまじ」
「コクってこいって!男なんて度胸がなんぼだぜ」
「…よし!明日にでもそうするわ!」
あの豚鼻に告白とかもう勇者としか考えられない。豚鼻は少し言い過ぎだろうか。いや、つぶれたような低い鼻はまさにそれだ。何気に福耳ってのが腹立つ。知名度に運使うなら先に顔面に運を使っていただきたい。体型はそれからだ。まあ過度の肥満というわけでもないし本当にぽっちゃり程度だからまだ救われる。…歩くたびに揺れる振り袖のような腕は見てられないけど。なぜそこだけピンポイントで脂肪が溜まったのかがまず解せない。太股と下っ腹は比較的まだマシだ。腕に関しては飛び抜けて太く、通常の女子よりも二回り以上は分厚い。あれ見てスリムな体型とか怖くて言えない。
「ねえ、あれ幸村君じゃない?」
「あ、ホントだ」
「前までかっこいいとか思ってたんだけどさあ、なんか今見ると微妙だよねー」
「ホントそれ。つか佐々木さんには敵わねーよって話だから!」
「言えてるー!」
いや、全然言えてない。絶対幸村君の方がかっこいい。観覧者AとBの会話に耳をそばだたせ、コートへと再び目を向ける。佐々木を中心とした…何、もうこれラブコメ?みたいなのが繰り広げられており、むしろおもしろかった。丸井君と切原君が取り合って、柳生君が仲裁。真田君に一喝される間に仁王が独占。幸村君とジャッカル君が遠目でその一部始終を傍観。たまに気遣いだろう、ジャッカル君が幸村君を励ましているが幸村君はその言葉に苦笑を浮かべるのみ。……ジャッカルも正常ではなさそうだ。傍観している間のジャッカルは少し頬を染めて物欲しげな顔つきで彼女を見つめている。密かな淡い恋心、といったところだろうか。
幸村君はふと佐々木から視線を外し、静かに観覧している私と目があった。人は少ないどころか雑多になっている。勿論一番前のフェンス越しからなんてありえず、2・3人後ろの少し視界が悪い位置からだというのに、よくもまあ見つけたものだ。私を見るとさっきまでの苦笑とは一変、柔らかい綺麗な笑みを向けられた。そりゃ佐々木を見るのと同じ目で見られるとそれはそれで傷つくし、これは当たり前のことなんだろう。でもやっぱり、ちょっと嬉しい。
しかしここでなにか言動を起こしてしまうと変に目立ってしまう。誰に向けた笑みなんだろう、と男女が言い合ってる中で反応するのは気が引ける。そこで、表情で返事代わりをすることにした。口角をほんの少し上げて、目もほんの少し細める。
今日の視察はこれくらいにしておこう。また何週間かおきにひっそり見に行くのもいいかもしれない。佐々木は嫌いだけど、佐々木の客観的な意見を最も聞ける場だからである。私は踵を返し、帰路についた。