Where is a hero? | ナノ


広瀬さんに声をかけてから閉館時間になるまでずっと一言も会話はなかった。広瀬さんが目の前にいると考えるだけで高揚してしまう気持ちを抑えつけ、なんとか勉強に集中しようとした。広瀬さんがやっている問題が数学の応用問題だったのは鮮明に覚えている。閉館時間になり、図書室で勉強していた生徒がまばらに散り始める。広瀬さんはまだ悩んでいるようで、周囲に人が段々少なくなっていることに気づいてないようだ。図書委員の女子に戸締まりしておくから先に帰ってほしいことを伝え広瀬さんが悩んでいる問題に目を通す。



「その答えは0になると思うよ」

「!」

「(a-x)(b-x)(c-x)…ってアルファベット全部をxで引いてかけていくだろ?それは最初から計算しなくても途中で(x-x)、0になるからさ」

「…あ、!」



本当だ、と解答をせっせと消す広瀬さんを見る。今日からテスト1週間前に突入し、部活動も停止期間に入った。屋上で弁当を食べているときに佐々木が勉強会を開くと言っていたが、断って本当に正解だった。広瀬さんが友人に図書室で勉強することを話していたから俺も来たけれど、まさかこんなに自然な形で接触できるとは思いもしなかった。



「ありがとう、幸村君」

「どういたしまして」



窓を見るとすっかり暗くなった空が目に入る。一緒に帰る理由もできたと思いながら、遅いし送って行くよと声をかける。下心があるようには見えないし、むしろ紳士だとこれなら思ってもらえる。広瀬さんは特に疑う様子もなく、ありがとうと一寸をおいて返した。

図書室の鍵を職員室まで返却し、広瀬さんの歩調に合わせて校門を出た。生徒はもうほとんどが帰ったんだろう、校門を出るまで一人の生徒ともすれ違うことはなかった。



「広瀬さん」

「?」

「この前美術の時間に描いてた絵、俺すごく好きなんだ」

「!」



広瀬さんの独特な絵を好む生徒はなかなか少ない。美術の教師も合わないらしく、ここにこの色はどうだのこうだのと教鞭を執ることが多い。きっと、好きだと面と向かって言う人は少ないだろう。とすると、この発言はかなり効くはずだ。



「ほ、本当に?」

「ああ。中学生の頃から広瀬さんの絵が好きだったんだ」

「!」

「だからさ、また俺にも何か描いてほしいんだ」

「………」

「ダメかな?」

「…ううん、喜んで」



ほのかに笑む彼女はとても綺麗で、少しウットリしてしまった。こんなに嬉しそうな広瀬さんを俺の言葉で引き出せたことに、喜びを噛み締めながら礼を告げた。
ほら、またきっかけが増えた。

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