｢…可愛いと思うよ｣



広瀬さんも、まだ浅くはあるようだけど佐々木の毒牙に影響を受けている。広瀬さんは落ち着いていて控えめな性格だ。きっとジャッカルと同じように、想いを内面に隠そうとするタイプなのかもしれない。ジャッカルを見ていて思ったが、まだ内面に留めることができる段階は、毒牙の症状が浅いサインだと俺は判断している。あんなの、どこからどう見ても可愛くはないのに。そう思うと佐々木が憎くて憎くて仕方なかった。想い続けた人をこんな思わぬかたちで奪われてしまった。

いや待てよ、まだ症状は浅いんだ。佐々木とそこまで関わりをもってない今なら広瀬さんは戻せるんじゃないだろうか。佐々木の煽りをくってきた俺だけど、広瀬さんまで奪われるわけにはいかない。接触していない今のうちに、佐々木の毒牙を解けないだろうか。

五感を奪う？…いやそんなこと広瀬さんにできるわけがない。そもそも、もうテニスの試合でそれは無意味だと実証されている。なら、どうすればいい。考えるんだ、幸村精市。何か手はあるはずだ。しかしこの現状がそもそも未曾有なために、冷静に考えようとすると逆に混乱してしまいそうになる。

そもそも俺みたいに毒牙に全くかからなかったり、逆にかかりやすかったりするのは個人差があるみたいだ。恐らく広瀬さんはかかりにくい部類にいるんだろう。一目見ただけで重症に陥る奴らが大半だから、広瀬さんはまだ軽症になる。俺がかからないのは、五感を操る能力のようなものを会得しているからだろうか。脳の機能を停止させる能力を持つ俺は、そういう洗脳の類には敏感になりやすいのかもしれない。

…そうだ。症状が薄いうちに佐々木を広瀬さんから遠ざけ、俺が虜にさせたらどうだろうか。おそらく広瀬さんは佐々木の毒牙にまだかかりにくいから、俺が先に虜にすれば無効化できるかもしれない。勿論、厳しい発案だと承知してる。けれど他に何がある？起きていること自体あり得ない話だから、こういったあり得ない対処法でしか広瀬さんを救えないと思う。それに俺なら、本当に佐々木の洗脳を無効化できるんじゃないだろうか。

しかし広瀬さんを見ているだけで必要以上に未だ関わったことのない俺が、急に口説くと逆に不審に思われるだろう。ゆっくりだと間に合わないかもしれない。この解決策は予想以上に難しそうだ。