放課後、部室の扉を開けると佐々木を取り合って丸井と赤也が火花を散らしていた。それをあたふたとしながらも結局見守る佐々木も、興味深そうにデータをとる柳も、愉快そうに眺める仁王も、気にくわない。部室に何しに来ているんだ。真田と柳生は美化委員で遅れると話を聞いてるから今はいないが、もし真田がいてもこんな現状に渇を入れることなく見過ごすのだろう。先日屋上で佐々木に向けた「くだらん」は、どうやら効果をなさなくなってきた。佐々木と柳に言いくるめられてから、佐々木に対する視線は厳しくなるどころかなぜか緩和していった。この前洗濯機に間違えてドリンクの粉末を入れた時も、「努力に失敗はつきものだ。その姿勢を維持することに努めろ」とか言っては見逃していた。柳のデータによると、彼は照れ隠しをしているらしい。以前の真田なら「たるんどる!」と叱っているはずなのに、照れて許すなんて考えられない。
それでも練習は普段通り行われているし、マネジメントも彼女なりに一応頑張ってはくれているーーそれにしては応援が多いがーー。さらに俺以外は全員佐々木をマネージャーにすることに賛同している。テニス部では部長として部員をまとめる立場にある。公より個をゆうせんすることは、無論できない。勿論俺の希望だけで佐々木をマネージャーから外すという判断をするのは相応しくないため、好機を待つしかない。
仲間を奪われて疎外感を必死に隠しながら生活することに嫌気がさしていたけれど、今は違う。今は、目的がある。それはテニスとは何の関係ももたない目的だ。
隣の席の、俺の想い人を固守すること。
広瀬さんとどうやって親睦を深めればいいか、今はそればかり考えている。彼女だけは、失いたくない。
「なんでまだ準備もできてないんだい?」
「ひいっ、ゆゆ幸村クン!」
「あの、幸村くん。今日は何時から始めるの?」
「は?今からだよ。というより、コート整備やボールの確認もあるから本来はここに着いた時から始まってるんだよ。遊び場と勘違いしないでくれるかい?」
恐喝したくてたまらないのを必死に抑えて毒を添える。これから先、怒りをコントロールできるか不安でしかたない。
俺だって恐喝する時はTPOと相手は選ぶ。ある程度付き合いの長い相手で、勿論信頼できるようなやつにしかしない。逆に初対面の男子やあまり接点のないやつ相手に、恐喝なんてするだろうか?それはかえって印象を悪くするだけだ。ある程度融通のきく相手を選ぶに決まっている。佐々木なんて恐喝するほどの人間、いやそれ以下だと俺は認識している。人をたぶらかし俺の仲間を奪った最低な女という位置づけだ。佐々木を恐喝するなんて、俺の顔にただ泥を塗るだけの行動になるだろう。
「え、私そんなつもりじゃ…」
「幸村、それは少し言い過ぎでは…」
「柳、ボールは確認したかい?」
「………ああ」
「そうかい…じゃあ始めようか」
部室の扉を大きく開けると同時に光が差し込む。筆で一筋、直線を描くような綺麗な光に目を細める。ふと振り返り佐々木を見ると、ただただ呆然と立ち尽くしていた。突っ立ってる暇があるならドリンクの一つでも作ってくれないかな?と言ってやってもよかったが、これ以上苛立ちを促進させたくなかったため口を閉じた。