群集心理 | ナノ




夏休み、といっても終業式が終わった後のことだ。もしかしたら夏休みとカウントしない人も中にはいるかもしれない。私は幸村くんと共にテニスコート越のフェンスにいた。


「じゃあ、行ってくるよ」

「うん。見てるね」

「ああ、ありがとう」


いつもの幸村くんみたいにふんわり優しい微笑みを浮かべたから安心した。というかこの会話じたい、なんだか穏やかすぎる気もする。たとえれば、会社へ行く旦那を見送る妻、そんな感じだ。宣戦布告をするのも代表して幸村くんが行うらしい。提案者というのも勿論大きいだろうが、それ以上に彼が宣戦布告するだけの器を持ち合わせているからだろう。もうすでにここから、部長になる道を踏み出したのかもしれない。


「佐々木、条件で俺たちが勝てば先輩が退部、負ければ俺たち1年が退部になったらしい」

「え、3年全員?(どうしてそうなった…)」

「いや、レギュラーだけだ。といっても3年は人数も少ない。恐らく数名しか残らないだろう」


長閑に考えこんでいると柳君が近づいてとんでも発言をした。他の部員は早速試合の準備を始めたらしく、審判と先輩はどうやら話をしているようだ。それじゃ宣戦布告になってないよ、なんて突っ込みは胸中に収める。一番手は柳くんらしい。もし、本当に勝てばどうなるのだろうか。本当にやめるのだろうか。こりゃ未曾有の出来事だろうし、学校で一時期話のタネにされそうだ。考えを一旦停止し、ただ私は試合を見守ることにした。


―――――


喜ぶべきかやはりと言うべきか、幸村君たち下級生軍団が勝利を納めた。試合を行ったメンバーはたった5人。ローテーションで2回当たった柳君と真田君と幸村君も、先輩相手に余裕のプレーを始終見せてくれた。後に3強と呼ばれる3人の実力に舌を巻いたのは言うまでもない。

夏休みのおかげか、私しかいない観客に幸村くんは詰め寄り、勝ったよ、と報告する。まあ男子テニス部のファンなんてまだないから、いつも観客はいなかったけど。その時の笑みは、試合に勝利して喜ぶプレイヤーとしてのものだった。


「ところで、なんで今日にしたの?夏休み中って言ってたのに」

「ああ、夏休みから波江がマネするからさ」

「え」


ちょっと待ってくれ。それはつまり、私のせいで3年生は退部するはめになったのか?なんか3年生が逆に不憫に思えてきた。けどまあ元は先輩が悪いんだけどね。

きっと、3年の分も私が面倒みきれないと思ったのだろうか?それともただ配慮してくれたのかもしれない。確かに部員全員の人数に私一人では骨が折れる作業になる。今思えば、本当に夏休みの間だけでよかった。3年間とか本当耐えられない。
私は与えられた仕事をテキパキとこなしていたOLだ。社会人だ。マネージャーになってもすることは同じ。テニス部のためにできる限りの力をもって貢献しようじゃないか。そう私は静かに意気込んだ。

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