群集心理 | ナノ




「あああああの!波江ちゃん、おはよう!!」
「おはよう、堀さん」


朝練を終えて教室のドアを開けてまず視界に入ったものは女子どうしのハグだった。それも波江と堀さんが、だ。俺の前の席の平松なんて机をバンバン叩いて大爆笑。「あいつらやべえええ!!ちょっ、俺今日から柳に便乗してあいつらのデータならぬ行動日記書くわ!!」とか言って涙を拭っている。お前笑いすぎ。遠くから見守るクラスメートはあまりの衝撃にぽかんと口を開けてただ見守っている。中には「あの二人…できてんのか?」と真面目に疑問を抱いてるやつもいた。

そもそもこうなってしまった大きな原因は、昨日の波江の呼び出しにある。


――――――――


「俺が彼氏って設定ね」
「うん。……あれ、この設定がもし噂になったらどうしよう」
「どうにかなるよ」
「え、なるの?」


放課後指摘通り屋上まで出てきた俺たちは、何気ない会話を交わしながら相手の登場を待った。噂になったらどうしよう、か。なぜか満更嫌でもない自分がいた。ていうかむしろばっちこいやとすら思っているこの雄志はなんだ?
一人で思案に耽りながらも数分が経過すると、キイと扉が開く音がした。どれだけ待たせるんだと少し苛立ちながら当事者を視界に映すと、驚きのあまり瞳孔が開いた。


「あれ、堀さん?」
「え、私佐々木さんを呼んだのに、あの、なんで幸村君まで…」
「え、まさか、堀さんが差出人?!」


いや俺もこの時は彼女が俗にいう"百合"なんじゃと懸念していた。俺を気にしながら俯いてもじもじして、波江見て顔赤らめるんだから思わない方がむしろおかしい。ちなみにこの瞬間から、堀さんは脳内ブラックリストの一員に見事抜擢されたのである。


「あ、あの」
「うん、どうしたの?」
「わ、私…」
「うん」
「波江ちゃんと友達になりたいです!」


それ上目使い+涙目で言う台詞じゃないよね。って白い目で見てたけど波江はどうやら混乱しているようだった。まあそれが普通の反応だよね。きっとこんな(めんどくさそうな)堀さんと出会ったのもあの弁当がきっかけなんだろう。

ってなに、まさか、それだけのためにラブレター紛いのことして屋上まで呼んだの?その赤く染められた頬も涙をためた目も、どうやら緊張からきていたらしい。堀さんは赤面症で、感動しても緊張しても泣いてしまう最悪的なコンボを持ち合わせているらしい。もうそのうぶさは感嘆に値するよ。


「だ、だめかな?」
「こちらこそよろしく」
「(え、即答?)」
「あああああ!!ありがとうもう大好ぎいいい!」
「(あ、ほんとに泣いた)」


とまあそんなこんなな今である。なんだ堀さん本性濃すぎるだろ。今までクラスで孤立していたのが嘘のようだ。大体孤立してしまった原因はわかる、彼女の最も極められた不器用さにあるだろう。

でも波江の堀さ…もう堀でいいや。堀に対する笑顔はあの、人を遠慮させる苦笑じみた笑みじゃなかった。あまり見ることのない、穏やかな笑み。優しさを表面化したような落ち着いた笑顔は、俺がなかなか引き出せなかったもの。今ではたまに見せるようになったけど、なんで堀にまで見せてるんだよ。会ったばかりの堀に。俺の方が長い間波江の隣に立って、この学校の誰よりも長い時間過ごしてきたのに。俺にはなかなか見せなかったその笑顔を、どうして友達になったばかりの堀に見せるんだよ。

なんだか無性に腹がたってきて、俺はできるだけ二人を視界に入れないように席についた。

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