群集心理 | ナノ




全くと言っていいほど、この部屋には生活感がなかった。一ミリも開いてないタンスの引き出しに、傷一つついてない鏡。ごみ箱には髪の毛1本落ちてすらいない。

私は今日から、この部屋で暮らすらしい。両親を先週亡くし、途方に暮れている最中だった。海外に住むたった一人の身内が、私の居場所を作ってくれた。

中学生になる目前の私に、こちらに来ないかと同居を誘うものだったが、私はそれを拒んだ。身内に会えなかった分近所の駄菓子屋のおばあちゃんと、花屋のお姉さんと、公園でよく会うゴルフが好きなおじいさんと仲良くなっていた。

この見慣れた光景がなくなってしまう、ではなくて。人との繋がりを絶つのが怖かった。そして幼さ故に、新しく築くことが、怖かった。だから代わりにワンルームを与えてもらえた。悲しみに耐えられず一人でいたかったあの時の私からしたら一人暮らしという響きは素晴らしかった。父と母がいない世界で、12歳の私は新しいスタートをきるのだ。


「交通事故って…」


しかし、今ではその悲愴感も半減してしまった。転生前の記憶が今日になって急にのこのこ現れたからだろう。ずぶずぶと、この体とは合致しない私の記憶で侵食されていった。そのせいで私は先週逝去した彼らを両親と意識することができなくなった。転生前の両親と生まれ変わった私を産んだ両親。そりゃ、私の起源は転生前の両親だと思ってしまっても仕方ないじゃないか。


「…はあ、仕度するか」


しかし、明日は入学式。混乱する暇などないんだと嘲笑うように目の前に置かれた鞄。せめて死ぬ前に、両親から言われたとおりしっかりとした身なりで、登校しないとな。制服に学校からもらった分厚い封筒、教科書代。少し複雑な思いを胸に抱きながら、準備をした。

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