群集心理 | ナノ




「ケータイ、買ったんだ」


ああ、なんて長いんだ、校長の話。もうこれはお約束事項だと言わんばかりに語尾を伸ばして年寄りくさい話法を続ける。小中高をひととおり生きてきたこともあり、校長が終業式に飾る題材は知り得ている。とりあえず、事故は起こすなってことだ。被害者も加害者も両方。

終業式は無事に終え、クラスに戻り全勢力を駆使しての大掃除も完遂し、ロングホームルームの時間だ。通知書をもらって担任がプリントを配っている最中に、幸村くんが急に口を開いた。


「そうなんだ」

「だからメアド交換しようよ」

「え?」

「部活の連絡にね」

「あ、そっか」


こういう時にケータイは本当に便利だと思う。ちなみに私は叔父の名義で入学式の時に買ってもらった。なんせ名義人がスイスに在住してるもんだから、手間取りはしたがなんとかこの白いケータイを買うことができた。スライド式で分厚くもあるが、重さも気にしてないしフォルムが単純に好きだから後悔などしていない。
赤外線で送信完了し、無事に幸村くんのプロフィールまでばっちり電話帳に登録された。こんなただの電波で個人情報を伝えるなんて、本当に便利な世の中になったものだ。これからは名刺がなくても赤外線交換で…いいわけでもないが。機械が苦手な私は教えてもらいながら実はさっき、赤外線の方法を知ったんだけどね。

心底機械がめっぽうだめな自分に呆れを覚えていると、担任のカウントダウンが始まった。夏休みも目前、あと数秒たてばあっさり訪れてくるのだ。学生の大きな特権と言ってもあながち間違いではない夏休み。声を張って数を告げる先生に、生徒も今まで以上に盛り上がった。口笛や雄叫びまで聞こえてくるから、ああ、騒がしいなと微笑んでしまう。
いい先生だ、と感銘を覚えた。明るくて、クラスのムードを盛り上げてくれる。そうだ、ムードメーカーはクラスに一人は必要なのだ。先生はなかなかいないが、いたとしたらその先生は間違いなく生徒想いの明るい先生。尊敬の念をもたずにはいられない。その証拠にこのクラス皆が、声をひとつにして一緒にカウントしてる。私は、このクラスを好きになれそうだ。1学期終了間際に言うなって感じかもしれないけど。


2度目の中学生活だけど、柄にもなく今どきどきしてる自分がここにいる。この高揚は夏休みが目前にある喜びか、それともクラスの一致団結に対する喜びか。どちらもだろうか。このクラスは基本親切で優しい人ばかりだ。いじめや喧嘩も今まで起こることなく平和に過ごしていた。だからどこか安心してる。感動してる。


「夏休みだぁぁあああ!!お前らぁあ!思いっきり楽しめよぉぉぉおお!!!」

「「よっしゃぁぁああ!!」」


うおー!だとかキャー!だとか、唸り声から甲高い声まで幅広い振動を鼓膜がキャッチする。みんなまだまだ元気でよろしいことだ。なんて頬を少し緩めて雰囲気にひたり浸かっていた。


「相変わらず落ち着いてるね」

「心の中で盛り上がってるよ」

「あ、今日下剋上するよ」

「そっか…え?」


夏休み初っぱなから下剋上か。なにはともあれ、何事もなく夏休みまで過ごせてよかった。夏休みからも引き締めてマネージャー活動頑張らないとな。青い空に浮かぶ入道雲を見て、私は幸村くんと共に教室を出た。

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テーマ「人外ファンタジー」
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