群集心理 | ナノ




「お、おはよう柳くん」

「さて、結果を公表するか」

「は…はい」


朝登校して教室に着くと、すでに教師が教卓に肘をついて立っていた。「少し早いけど1時間目のホームルームで成績グラフ表を書かなきゃならんから、先に返却しておくわ」だそうだ。

1時間目の最初に返却すればいいのに、なんてぼやいた生徒に「忙しいんだよ!自宅学習アンケート調査するから時間短縮!」と言い返してた。教師って大変だな、そう思いながら席につけばいつのまにか目の前には柳くん。え、あなたいつからいたの。


「あの、クラス知ってたんだね…」

「ああ。それくらいならデータで対処しているからな」


うわあ、絶対負ける。そう悟り、まだ目に映していない成績表を差し出した。


「俺が学年3位になるということは、1位か2位は佐々木しか考えられなかったんだが…予想外の展開だな」

「………」


3位。まさかの同率だったとは。これでは賭けの勝敗はおあいこ。柳君自身も、こうなる確率は極めて低かったんだがなともらすほどだ。もう一度成績表に一瞥を投げる。柳くんは1位か2位の可能性が高いといったが、それは少し買いかぶりすぎではないだろうか。いくら頭が良くても、私同様に努力している人だってたくさんいる。ただ1年の1学期だから怠惰な生活を送る者もいるだろうが。首位をキープするということは簡単なように聞こえるが、特に文武両道を掲げる私立の中学校では難しいだろう。


「賭け、どうしよっか…」

「あ、二人とも、おはよう」

「ああ、精市か、おはよう」

「幸村くん、おはよう」


思索に練っていると横からおだやかな声が聞こえた。聞き慣れたその声の持ち主はやっぱり幸村くんのもので、私達ににっこりと笑って挨拶を交わしていた。


「賭け、どうだった?」

「それが…」

「引き分けだ」

「あ、本当だ」


幸村くんは私たちの成績表を見て苦笑した。実はさ、俺なんだよね。とそのまま先ほどもらったのだろう細長い紙を私たちに向ける。あから目にそれを見たつもりが、あまりの衝撃に愕然としまばたきを数回繰り返した。


「……幸村くんが、」

「1位、だったのか」

「うん。そこで波江にお願いがあるんだ」


あれ、デジャヴを感じる。そして、幸村くんが次に言うであろう言葉が、容易に予想できてしまい戸惑う。


「マネージャーを、波江に頼みたいんだ」


やっぱりか。柳くんも分かっていたのだろう、少し眉を下げて私を見ている。でもやはりわからない。なんで、テニスの知識もろくにもたない私をマネージャーにするのか。


「体験として夏休みだけ、なら」


ここは唯一の友達の頼みとして、のむことにした。幸村くんはきっと私しか友達がいないから、不安なんだろうか。知らない人間をマネージャーとして誘うことを。いやそれなら他の人に頼んでもらえばいいだけだし、そこからまた仲を築いていけばいいのではないだろうか。むしろ皆は幸村君の推薦に反対しなかったのだろうか。
最近幸村君が何を考えているか本当に分からなくなるときがある。本当に私なんかで、他の部員はいいんだろうか。勿論、言ったからには全力でサポートはするが。中学生ならあるだろう、マネージャーは美人で癒し系の子がいい、とか。私は到底美人とはかけ離れているし、人を癒すオーラも持ち合わせてないと自覚している。それでも二人は満足しているようで、ありがとうと言って柳君は立ち去ってしまった。


この決断が、今後の私を大きく変えるとは知らず、幸村くんと少しの歓談を交わした。

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