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氷帝がどうやら立海に練習試合をしに来たようです

※佐々木はまだマネージャーとして活動してます。





「今日は氷帝学園が練習試合に来るんだけど、七宮さんさえよければ見に来てほしいんだ」



そう幸村君に言われたのは2時間目と3時間目の合間にとる10分休憩の時だった。

私は中学生の頃美術部に入っていたけれど、顧問が原因であまり楽しめなかった。自分の感性を他人に押し付けるねじ曲がった教育方針に嫌気がさしたのだ。それでも中途半端に投げ出すのも気が引けたため、なんとか不満を抱きながらも最後までやり通したが。気弱な性格の部員が比較的多い部活だったためか、私が不機嫌になると皆やんわりとフォローしてくれた。良く言えば気遣ってくれた、悪く言えば機嫌をとってくれた。そんなうやむやな人間関係が非常に居心地悪かった。

話が横道にそれてしまったが、とにかく私はそんな過去をもつために部活動には入らなかった。そのため平日の放課後は基本暇になってしまう。録画した『30日1万円生活』を見たりするくらいだ。後は部屋を適当に掃除したり夕食の手伝いをする程度。今日も家でのんびり過ごすつもりでいたから予定も何も入っちゃいない。というか私はスケジュール張が不必要なくらい暇な毎日を過ごしているのだ。

特に断る理由もないし佐々木の客観的な意見が聞ける機会だ。そう考えいいよと伝えると幸村君はすごく嬉しそうに頬を緩めた。



「うわーっ、佐々木さん可愛いねー!」

「あれで素っぴんとかもうやばすぎ!」



確かにやばいとは私も思う。そう、前置きが長くなってしまったが今は放課後であり私はテニスコートの前に来ている。自然と耳に入ってくる第三者の考えに、全然違う意味で同意してしまう。しかし驚くことに、氷帝は皆佐々木を見ても正常らしい。佐々木の顔を視界にいれた瞬間表情筋をつり上げる部員7人を見てそう確信した。ということは、佐々木のまじないは立海の生徒にしか効かないのだろうか。ちなみに今こうして考えている間にも、佐々木はかっさかさのたらこ唇を動かして愛想を振り撒いている。目に毒だ。

練習試合を始めてもギャラリーの注目は全て佐々木へ向く。佐々木がドリンクやタオルを運びに外へ出るたびにおこる耳をつんざくような歓声に私は少し眉をひそめた。当の幸村君はというと、赤い髪の蛙みたいに跳ねる男子と早速試合をしている。どうやら立海のレギュラーと氷帝のレギュラーとで総当たり戦をするらしい。幸村君って思い返してみればテニス部部長だったな。普段の優しい幸村君からは全く想像できないような、真剣な眼差しを相手におくっている。教室にいるときとでは、まるで目の色が違うのだ。人間離れした運動神経とスキルでストレート勝ちを収めた幸村君は、ドリンクボトルも持たずに私の元へと駆け寄った。私はファンクラブのことを考え少しひやひやしたが、周囲の観戦者は幸村君の行動など気にもとめないらしい。金網越しとはいえこれだけ近くにいれば、佐々木が来る前は黄色い悲鳴をあげて喜んでいただろうに。今ではまるで一般人Aとしての扱いだ。幸村君が邪魔で部室が見えないと文句を言う女子生徒までいるくらい。しかし幸村君の耳に入ったらどうしよう、不愉快な気分にさせるのもなあと幸村君を伺えばなんとめちゃくちゃ嬉しそうだ。いや、確かに以前のファンクラブは過度な言動を起こしていたため解放される身としては嬉しいのかもしれない。

自動販売機まで来て。そう告げる幸村君の言う通り、向かいながらぼんやり生徒の急激な変化について考えた。道端で気持ちよさそうに眠る人もいたけれど、見なかったことにした。



「幸村君、テニスうまいんだね」

「ふふ、そんなことないよ。俺はまだまだ未熟だって、中三の全国大会で思い知らされたからね」

「そっか…あ、あのさ」

「ん?」

「佐々木さん、ドリンク作ってたよね…」



そうだ。ずっと気になっていたんだが、なぜ自動販売機でスポーツドリンクを買う必要がある。毛嫌いしてるのは分かるが、それは少し過度すぎではないだろうか。幸村君は少し困った顔をして、佐々木のドリンクは極端なんだと話し始めた。分量も分からずに作るせいか、奇跡的においしいものと絶望的に不味いものとで二分するらしい。ああ、宝くじみたいな感覚でドリンクを選びたくはないか。なぜ彼女はそんな中途半端にしか仕事をこなせないのに、マネージャーとして活動したいと思ったんだ。私は心底疑問を抱いた。

この後は暫く試合もないため壁打ちをするらしい。私もいてほしいと言われたので、何となく頷いた。本当は他の人の試合も見てみたかったが、幸村君にお願いされるとなぜか断れない。壁打ちするところまで向かおうと、私と幸村君がテニスコートを通りかかると乾いた音がなった。



「俺様の美技に酔いな」

「きゃあああ佐々木さんが来たわあああ!」

「素敵いいい!佐々木さああんこっち向いてえ!」

「おおっしゃああ今佐々木さんに手振られた!」

「いや俺だから!」

「はあ!?俺に決まってんだろ!」

「………………」



すごいシュールな光景が広がっていた。誰、俺様の美技とか言ったの。一人称が俺様って…自分の技を美技って…もう乾いた笑いしかでない。ドン引きした私の顔と、俺様君のポカーンとした顔と、止むことがないギャラリーの歓声。それらを見た幸村君は腹を抱えて笑った。


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