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幸村君がどうやら傘を忘れたようです

ざあっと大降りの雨が午後から押し寄せてきた。雲は鉛のような重圧さで、水分を存分に地上へと絞り落とす。俺はそんな様子を憂鬱に眺めていた。生憎今朝の天気予報を信じて傘は用意していない。今日の部活はオフだったため、放課後は家で筋トレをしようと考えていた。学校のトレーニング室は陸上部と弓道部と野球部が使っているから立ち入ることはできないのだ。6時間の授業を終えた俺は、さっさと帰りたいがために雨の中帰路を歩いた。といってもこの時まで小雨程度だったから、すぐに止むだろうと思い行動に移したんだ。校門を抜けて忙しく足を動かすこと数分、お天道様は俺がよっぽど嫌いなのか急に雨の激しさが3倍増しになった。さすがにこんな中、無防備に走って帰るわけにもいかず。俺は近くにあった古びた文房具店の前に逃げ込んだ。橙のビニールの屋根に雨粒がぶつかる。その白けた音を耳にはさみながら、豪雨がおさまるのを待った。今日はとことんついてない。そう溜め息をこぼした時、がらりと音をたてて文房具店のスライド式のドアが開いた。俺は入口の方向へと視線を変えると、憂鬱そうに傘を開こうとする七宮さんが目に入った。傘を開いた七宮さんはようやく俺の存在に気づいたらしく、瞬きを数回しながら俺を見た。



「幸村君…もしかして雨宿り?」

「ああ。七宮さんはこの文房具店に?」

「まあ、うん。行き着けだから…」



そっか、この文房具店が行き着けなんだ。確かにコンビニで買うよりは安いだろうし、小ぢんまりとしていて七宮さんが好きそうな落ち着いた店だ。俺もこれから文房具が必要な時はここで買おう。思わぬグッドニュースに高揚していたが、七宮さんにとっては気まずい空気だととらえてしまったらしい。俺が文房具店を見ていると、七宮さんが話しかけてくれた。



「あの…よければ入る?」



傘を持ち直してそう恐る恐る訊ねる七宮さん。折り畳み式じゃないから一人分のスペースは余裕で確保できるような、そんな大きさの傘だ。二人となると肩や靴下なんかは濡れてしまうだろう。



「二人で入ると七宮さんまで濡れてしまうよ」

「うん…でも雨止みそうにないよ。私の心配は嬉しいけれど、大丈夫だから
(幸村君びしょ濡れだし…)」

「本当?嬉しいな、助かるよ」



七宮さんが傘に入れてくれるだなんて、どうしよう本当に嬉しい。一般的な男性の身長に留まる俺と一般的な女性の身長に留まる七宮さんとの間には、勿論身長差というものが生じてくる。少し腕を上げて傘の取手を両手で持つ七宮さんに胸がキュンとなるが、このままでいいわけがない。男性らしい対応をとらなくちゃねと俺は柄を片手で握った。急に重さが軽減したことに気づいた七宮さんは、驚いて俺を見た。



「俺が持つよ」

「…え、あ、ありがとう」



高揚を隠すようににこりと微笑むと、七宮さんは傘の取っ手から手を放した。佐々木の虜になんかさせないために、七宮さんは俺が絶対振り向かせてみせるよ。右肩の冷たさも靴下のぬめりもこの雨も、今では全てが愛しく感じる。七宮さんは両手で鞄を抱えるように持って、戸惑いを隠すために少し俯いた。思わぬ幸運に胸の高鳴りは減速することなく、俺は頬の筋肉を緩ませた。


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