きんいろの午後
私たち人間は、目だけでなく、指先や舌などでも色を感じとることができる。体全体で、色に反応している。それも同系色の微妙なちがいすらも正確に識別することが可能らしい。これは実際に証明されてることなので、事実に間違いはないだろう。
色彩辞典には、一般教養では習わないような聞いたこともない色の名前が沢山掲載している。色見本と共に、誰が考えたのかもわからぬ象徴ともとれる名前が記されているのだ。
普通「赤色」といえば赤い色の見本がある。「琥珀色」といえば少し柔らかな茶色の色見本がある。色名にはそれぞれの色が伴っており、色彩辞典にはその色見本もついていた。しかし、一つだけ、色を持たない、色見本のない色名がある。それは「エレファント・ブレス」という名前だ。
色を持たないといえば語弊が出てしまう。正しく言い直せば、色がわからないのだ。
「エレファント・ブレスってさ、どんな色なんだろ」
「象の息…って意味だよね。とても想像つかないな」
「だよね」
射光が優しく二人の空間を彩る。木製の椅子に座る男女はさも落ち着いた様子で紅茶を飲む。余談ではあるが、色には味があるらしい。どうやら人間の味覚は、食べ物だけを審査するわけではないらしい。
「でもきっとさ、」
「うん」
「こんな色だと思うんだよね」
「………?」
何かに向けて指をさす。しかし、さした方向にあるのは天井の白色だった。白の同系色だろうか、と思索する女に男は否定の言葉を紡ぐ。ふわりと綺麗な微笑みを浮かべる男は、かっこいいよりは美しいと形容した方がしっくりくるだろう。幼少期からずっと傍にいる彼女にしか、きっとその笑顔は見ることもできないし向けない。彼女だけの特権なのだ。
「透明な色、とか」
「透明って、色になるの?」
「ふふ、どうだろう」
「なんじゃそりゃ」
訳がわからないとでも言いたげに、呆れた顔をする女にまた笑う男。普段の貼りつけた笑みとは比べ物にならないくらい、自然な色づいた笑みで場を和ませる。
「でもいい線いってると思うよ」
「なんで?」
「酸素も二酸化炭素も無色透明だろ?」
「あ、そうだね」
そっか、じゃあ色が分からないのも仕方ないね。そう今度は納得する女に、男は満足そうにまたカップに口をつけた。二人は結婚して以来かつてない充実した一日に、こそばゆく身を委ねつつも幸せを噛み締める。紅茶をだしに、こんなありふれた他愛もない会話を交わす。雨音は間断なく鳴り響くというのに、狐は嫁入りに行くらしく明るい光はまだまだ彼らを照らし続ける。
「最高の結婚記念日だね」
綺麗で眩しい光が注ぐ今日は、まさしくきんいろの午後である。
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