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計画的犯行

「不二君ありがとうー」
「ううん、どうってことないよ」

埃臭い資料室に、どさ、と大きい音をたてながらダンボールを置いた不二君の背中に声をかければ、彼は息一つ乱さずに此方に返事を返してきた。軽い方の荷物を運んだ私は少し息があがってしまっているというのに、流石テニス部、鍛え方が違うらしい。

何故不二君とこうして荷物を運ぶ事になったかというと、私の不運から始まった。今日は特に部活も無く、真っ直ぐ家に帰る予定だったのだが、それを目敏く暴いた担任が雑用を私に押し付けたのだ。それは二階の職員室から、四階の端っこに位置する資料室までダンボール二箱分の荷物を運ぶ、といった内容で、とても1人では持てない量に悩んでいたら、たまたま不二君が通りがかったのだ。

「七宮さん?どうしたの、そんな呻いて」
「呻い、…てたね。うん、不運な事に雑用頼まれちゃって…」
「それは大変だね。…僕も手伝うよ」
「え?いや、不二君部活あるでしょ?大丈夫、二往復でいける量だと思いたいから」
「ふふ、それ希望的観測だよね。大丈夫、今筋トレの時間だから、これも筋トレになるでしょ?」

いつもニコニコしている表情でクスクス笑いながら自然な動作で大きい方のダンボールを持った不二君の好意を無碍にする事が出来ず、じゃあ…、と呟きながら小さいダンボールを抱えて不二君と歩き始めたのが数分前。
不二君の気遣いからか、会話に詰まる事は無く(主に不二君が好きだというサボテンの話だったりテニス部の話をしてくれたりした)雑用を頼まれてしまった憂鬱感はどこかに行ってしまったようだ。

「本当に助かったよ不二君。ありがとうございます」
「ふふ、そう?じゃあ、お礼貰わないとだね」
「へ?」

私がダンボールを棚に置きながら不二君にお礼の言葉を発したら、結構な至近距離で聞こえた声に固まってしまった。恐る恐るゆっくり振り返れば、何故か、目と鼻の先で未だにニコニコ笑っている不二君の姿が。近すぎる距離に、目の前は棚なのに思いっきりのけぞってしまい、頭をぶつけてしまった。

「痛っ!」
「大丈夫?」
「いや不二君近い近い!」
「そうかな?」
「そうだよ!」

退く気はないらしい。
それともこれが不二君の話す時のベストな距離なのだろうか。いや、さっきはそんな事なかったし、何よりこれは近すぎるだろう。

そんな事を悶々と考えていたら、また不二君はクスリと笑い、私がのけぞった分の距離を埋めるかのように、またずいっと顔を近付けた。

「で、お礼、何くれる?」
「え、あ、これで話続けちゃう感じですか」
「何、くれる?」
「(笑顔怖い!)ななな、何って、え、えーっと、」
「僕が満足するのじゃないと、ね?」
「ええええ…」

可愛らしくコテンと首を傾けながら笑う不二君に、無い頭で何をあげようかぐるぐると忙しなく考えてみるも、生憎何も持っていない私は何も思いついてくれない。

「と、というか、どんどん近付いてきてませんか!」
「ん?タイムリミットってやつかな」
「何の!?」
「ふふ、七宮さん、普段はゆるりと過ごしてるけど、こんなに慌てる事もあるんだね」

そりゃそうだよ!と必死に言えば、もう鼻と鼻がくっつくんじゃないか、という距離にいる不二君はまたクスクスと笑った。最早私はもう立っておれず、ずるずると床に座り込んでしまうが、それを追うように不二君も棚に手をついて、腰を折って私を見下ろすようにどんどん近付いてくる。長い睫に伏せられた少しだけ熱を帯びた目、白い綺麗な肌、ほんのりと色づいた薄い唇…要するにとても綺麗で整った顔が近付いてきている事に、頭はオーバーヒート状態だ。

何か、何か無いか、……あっ!

「飴、飴ちゃん!飴ちゃんある!苺味!お礼にあげる!」
「………」

ぴた、と不二君の動きが止まった。
セーラー服のスカートのポケットから出した苺味の飴玉は、今朝友人から貰ったままポケットに突っ込んでいたやつなのだが、お礼、にはなるだろう。

「(というか、なってくれ…!)」
「……クス、残念。じゃあ貰っておこうかな」
「あああありがとう…!」
「あはは、ちょっといじめすぎちゃったかな?」
「はいもう心臓が破裂しそうでした…!」

未だにばくばくと鳴っている心臓の音を聞きながら、やっと自分から退いてくれた不二君を見上げて手にしていた飴玉を差し出した。若干腰が抜けているので、立ち上がれないのは勘弁してほしい。そんな私を見下ろした不二君はそれに気付いたのか、また面白そうにクス、と笑った。

「じゃあ、これは貰うね」
「うん…っぅ、わ、」

色気がない声だね、と言いながら私の腰に手を回してちゃんと立たせてくれた不二君は飴玉ごと掴んだ手に自分の指をするりと絡めた。また近くなった距離に、声をあげるのも忘れて固まってしまう。きっと、今の私は顔が真っ赤だろう。未だにニコニコ笑う彼は、私の耳元に薄い唇を近付けると、吐息まじりに言葉を発した。

「本当は、キスが欲しかったかな」
「ひっ、」

不二君はそう言ってゆっくりと私から離れた。その際に絡めた指もするりと呆気なく解けていく。

今、何て言ったんだ彼は。

「あ、そうだ、今度僕が好きなフォトグラファーの展覧会があるんだ。日曜日の朝11時、青春台駅集合ね」
「へ、あ、は?」
「ふふ、間抜け顔も可愛いよ。じゃあ、僕は部活に戻る事にするよ」

そう爽やかに言い残した彼は、これまた爽やかに手をひらひらと振ると、資料室から出て行ってしまった。私はぽかんとした顔で立ち尽くすしか出来なかった。
一体、何だったんだ彼は。最近よく話すようにはなったな、とは思っていたものの、こんな展開になるとは思っていなかった。え、まず、彼は爆弾を落としていったのに、それに関してはスルーなのか。

それにしても、さっきのってデートの、お誘い……?

「いや、まさか、ね、あははは…」
「あ、さっきの、デートのお誘いだからね、七宮さん」
「ですよね!」

ひょこっと資料室の入り口から顔を出して笑いながら言った彼に、私は承諾する他方法は無かった。



計画的犯行
(お、おはよう、ございます)
(クス、私服も可愛いね、似合ってるよ)
(恥ずかしくて死にそうです)
(じゃあ行こうか、八重)
(なま…っ、)
(ああ、知らなかったかな?僕、好きな子は名前で呼ぶ主義なんだ)
(!?)
(ああ、あと、あの日外から困り顔の八重が見えたから抜け出してきた訳で、偶然じゃないからね)
(!?)
また自然と絡められた指と同時に、私の心も不二周助という男に絡め捕られた気がした。



‐‐‐‐‐‐‐

初めて書いたキャラだって…不二君の動きがすごく自然で繊細に描かれてます。もうどこからどう見ても本人です。蒼さんが不二君本人か心配する要素が分からない私はまだまだですね。少し強引で我が道を行く不二君にきゅんとしました。デートのくだりが個人的にすごく好きです。あと最後の主人公の反応が連続で『!?』なのもおもしろい!

本当にありがとうございました!


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