その日は片道30分かけていく学校の帰り道だった。ああ、寒い。手に息を吐きかけてみても、とどこおる風で熱もすぐに失ってしまう。かじかんで赤くなった手を擦りあわせながら雪道の中を歩いて帰る。 ここは日本でも東に位置する秋田県。全体的にこの県は田舎なのに、私が暮らしている場所は都会人から見るとさらにドのつくほどの田舎なんだろうか。いや、そんなことはない。確かに交通整備は少し悪いが広がる田園にうっそうとした森林は目の保養になるし、空気はきれいだし、本当に風情もあっていい場所なんだと私は思っている。 友達はいるが私の家周辺には住んでおらず、登下校は常に一人だ。しかし友達の代わりに近所のおじさんやおばさんがいたから今まで寂しい思いをすることはあまりなかった。やっぱり、友達と帰る人を電車で見かけると羨ましくなってしまうけど。しかし風景を目にしながら暢気に歩けるのでよしとしよう。 八百屋の前を通りすぎて銭湯の角を右に曲がると、村人がやけに集まっている場所があった。ちょうど私の家の前あたりだろうか、しかも村人たちは少し焦燥しているようで、険しい顔つきをしている。 今までこのような出来事はまるでなかった。この村は基本小さい土地で、少ない村人たちと団結して生活を支えあっている。たとえば、小さな病院をもつ若い医師の雄造さんは、医療費をとらない。かわりに取れたての魚や穀物をよくおすそ分けすることで、互いに生活を賄っている。人との絆を第一に考えていたこの村だ。村人たちが焦燥して1ヶ所に留まるなんて、とても信じられない。 私はすぐにかけより、状況を把握しようと輪の中心、いわば元凶を双眸にうつした。 「あら、琴音ちゃん」 「おばあちゃん」 「おかえりなさい」 「うん、ただいま。この男の子は…」 地面に倒れる少年が、どうやら問題の渦中にいるようだった。黒く柔らかい髪の毛に少し日焼けした肌。黄色い半袖のティーシャツに紺のハーフパンツなところから、学校の体操着にも見える。しかし生地じたいも薄そうだし、見るからに夏用。今はもう12月中旬だ。秋田県に限らず、たとえ南端の沖縄県でももう半袖は着てないだろう。 「私も、斉藤さんが教えてくれてはじめて気づいたんじゃ。この子はいったい、誰なんじゃろうなあ…ここらじゃ見ない顔だけんのう」 そう顎に手を置き皆で悩む。いやそれにしても少しのほほんとしすぎではないだろうか。それはこの村が平和ボケしているせいかそれとも歳をとっているせいか。どちらにせよ、このまま外に置いておくと凍傷してしまう。 「おばあちゃん、うちの空き部屋にこの人寝かそう。このままだと危ない」 「ああ、そうじゃね」 「琴音ちゃん、わしも手伝うわい」 「大丈夫だよ、斉藤さんもう75歳なんだから」 「何言っとるんじゃい!これでも昔は野球部のキャプテンやっとったい!」 それはいつの話なんだ。小さく心の中でつっこみをいれながらも、なんだかんだでやっぱり手伝ってもらった。斉藤さんはこの前ぎっくり腰で雄造さんに診てもらったばかりだというのに、こんなところで気をつかわせるなんて私もまだまだだ。 斉藤さんと一緒に奥の空いている個室へと運び(扉はおばあちゃんが開けてくれた)、すぐに石油ストーブをつけた。運ぶときに「琴音ちゃん大丈夫かい?代わろうか?」だとか、「琴音ちゃんファイトー!」なんて平均年齢60を越えたおばあちゃんたちに言われて、少し笑ってしまった。本当にこの村は、いい人たちばかりだ。 |