妄想散文

中等部の後は高等部。そして大学に行って会社に就職。
一般的と言われるであろう人生を歩む中で、日吉は二度恋人をつくった。
一度目は中学生の時。
相手は一歳年上の部活の先輩だった。
日吉は男子テニス部に所属していた為、部の先輩となると必然的に男という事になる。
しかし、同性であるということはさして気にしてはいなかった。
その先輩は日吉のことが好きだったし、日吉も先輩のことが好きだったから。そんな単純な理屈で。
少なからず葛藤はあったが、その気持ちと向き合ってみれば案外、すんなりと受け入れられた。
高校生になっても、二人の関係は続いていた。
ずっと二人が恋人であるとして、そうしたら、この先どうするか。そんなことは深く考えてはいなかった。
高校を卒業したら、一緒に住んで、それからーー
ぼんやりと、二人の間に未来が生まれていた。
それでも、少し、微妙な距離が二人にはあったように、日吉は思っていた。先輩も思っていただろう。
会う度にキスを交わすような、そんな甘い関係でもなければ、身体だけ欲するような欲まみれの関係でもない。
ただ一緒にいればそれで。そう感じられる関係が一番幸福なのだと今なら分かる。
だが、その時にそう気づけなかった二人は、曖昧な恋をしていた。
そんな日々の中で決まった、先輩の海外留学。
行き先はアメリカとイギリス。少なくとも五年は帰って来ないそうだ。
「離れててもずっと一緒だからな」ーーなど、そんな言葉はなくて。
見送りに行った空港の中で、ゲートに入る直前、彼は言った。「好きに生きろ」と。
束縛しないその言葉に、日吉は少しだけ寂しさを感じた。
でも、縋ろうともしなかった。自分なんて彼の中で所詮はその程度だったのだと思った。日吉は、先輩の顔を見ることが出来なかった。
その為日吉は、ひどく悲しそうな顔をした先輩に、気づけなかった。
「…体に、気をつけて」
好きに生きろ。その言葉への返事はしなかった。
当たり障りのない挨拶を最後に、先輩は海外へと行ってしまった。

今なら分かる。あれは優しい言葉だったんだと。
ぼんやりとした未来で生きていけるほど人生は簡単じゃないと、その先輩は先に気づいていて、日吉に言ったのだ。好きに生きろ、と。
そして、二人の関係は距離があるわけではなくて、特別な何かが無かったわけでもなくて、“安心”できる関係だったのだとも気づいていたのかもしれない。
ただ、それに気づいたのは恐らく日吉と別れる直前だっだろう。
気づくのがとにかく遅かった、そんな二人の恋は物理的な距離をきっかけに自然消滅した。

やがて日吉は高校を卒業し、大学に入学した。
先輩からの連絡はあれから一切ない。
ごく普通に毎日をこなしていく内に、日吉はある女性と出会った。
綺麗な金の髪に、端正な顔立ち。
日吉は思わず心の中で思った。
あの人のようだ……と。
これが日吉の二度目の恋であり二人目の恋人である。
そして、現在の妻だ。
素敵な女性だと思った。
細やかな気遣いのできる、ひかえめながら自分の意見をしっかりもった清楚な彼女。
二人の関係は甘くはなかったけれど、一緒にいると安心できる。そんな関係だった。
それが曖昧な恋ではなく、とても居心地の良い恋なのだと気づいて、同時にあの人ーー跡部との関係も、それと同じだったのだと気づいた。いや、それより上だったかもしれない。
日吉が彼女との交際を決めたのは、勿論内面に惹かれたからではあるがーー彼女の容姿に跡部を重ね、未練がましい後悔から……というのも違うと言えば嘘になる。

付き合って、同棲して、結婚して、子供ができて。
“幸せ”と一般的に言えるであろう人生を歩んでいる日吉。
少し苦い恋を浅く引きずりながら生きるのも悪くない、のかもしれない。


「お父さん? どーしたの?」
ふと、跡部の姿が脳裏に浮かんで数秒だが自分の世界に浸っていると、日吉の息子が心配そうに顔を覗き込んできた。
「…いいや、何でもないよ。さ、なにして遊ぶか?」
それに笑ってごまかして、よしよしと頭を撫でてやる。
「えへへっ…うんとねー……スーパーヒーローごっこがいい! お父さんがキノコ星の悪い王子様ね!」
「なんだと!?」
「だってお父さんの髪の毛キノコだもんっ。いつからキノコになっちゃったのさ」
「あのなぁ……親の髪型を失敗みたいに言うなよ。気に入ってんだよ、この髪の毛。キノコでもな」
「…へんなのー。似合ってるけどね!」
「ふっ…ありがとな」
「よしじゃあいくよー! 変身!!」
「来い! 古武術キノコ王子様をなめるなよ?」

この何気ない日々の中で、未だ忘れられない一度目の恋。
あの人の言ったように好きに生きて、手に入れたのは幸せだと言えるだろう。
ただ、跡部との関係が良いものだったと気づいてしまった以上、今になっても気になってしまうあの人。脳に焼きつく、あの人の声、言葉。
ああ、忘れるべきだろうか?
いや、ずっと記憶をとって置いて、度々密やかに思い返すのも、やはり悪くないかもしれない。

気づけなかった再起不能の最上級の恋愛関係。
そして今現在、確かにある幸せ。


2012/08/09/01:04


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