いつの事だったか、主が見合いをするかもしれない、とめかしこんでいた時期があった。普段の主も十分にお可愛らしいのだが、着飾った主はまた格別に美しい。俺以外の男のためにやっていた事だったのだけが、唯一気に入らないのだが。思い出すだけでも、胸に黒い何かが渦巻いたような気分になる。主が俺だけのために着飾ってくれたらいいのに。くそ、どうして俺のためじゃないんだ。

(……あの着物、主に似合うかもしれないな)

 ふと目に付いた藤色の着物。きっと主に似合うに違いない。
 主に代わって城下町まで必要な品を買いに下りてきたのだが、どうしても呉服屋や雑貨屋に目が行ってしまう。主が身に付けてくださったのなら、きっとそれらの価値は本来の物より格段に高くなるだろう。鮮やかな着物は主が着る事によって一層鮮やかさを増すに違いない。ああ、手前の着物だけじゃなく、奥の着物もきっと主に似合うのだろうな。

「きゃあ!」

「ッ!?」

 着物に目を奪われていると、突然少女がぶつかってきた。その衝撃で倒れそうになった少女の腕をとっさに掴んで引き寄せる。――近付いてくる人物に気付かないなど、注意力が散漫になるにも程がある。改めなければ……。
 ぶつかって来た少女は、髪を左右の高い位置でくくっていて、主と同じように巫女服を着ていた。見たところ彼女も審神者なのだろう。幼そうな少女ですら審神者になるのか、と少なからず衝撃を受けた。政府の連中も人手が足りずに、こんな少女にまで審神者業をやらせているのだろうか。まあ、俺の主の安全さえ保障されていれば、政府の連中が人手不足で苦しもうが何をしようが、俺の知った事ではないのだが。

「……大丈夫か?」

「えっ、あ! だ、大丈夫、です」

 ぶつかったきり、ぴくりとも動かなかった少女の顔を覗き込むようにして問えば、彼女は跳ねるように身体を動かした。大丈夫、という言葉とは裏腹に、彼女の顔は真っ赤だった。

「……熱でもあるんじゃないのか?」

「ち、違うの、そういうわけじゃないの!」

「…………?」

 目をきょろきょろと左右に泳がせ、口を開いたり、閉じたり。何かを言おうとしているのであろう事は見て取れるが、言葉が出ないのかあー、だとかうー、だとか、言葉にならない言葉を発している。

「ご、ごめんなさい! 何でもないわ!」

 もともと赤かった顔をさらに赤く染めてそう言うと、彼女は腕を振りほどき、走り去って行ってしまった。長い髪を揺らしながら、そそくさと。
 ――彼女はいったい何だったんだ。


あの日奪われた心臓は生きている
(私の腕を掴んだ彼の手)
(やっぱり"長谷部"は男の人なんだなあ)






〜オマケ〜


「主、城下で買って参りました。お納めください」

「わーありがとう! なにこれ?」

「髪飾りです。こう、左右の高い位置で二つ結びにするのに良い物を選びました」

「ツインテールってこと?」

「ついんて……? きっと主にお似合いだと思いますよ」

「いや〜それはちょっと……恥ずかしいかな……?」

「えっ」

「えっ」

「してはくださらないのですか……?」

「え、ええ〜……」

「きっと主にお似合いだと思いますよ」

「……それさっきも聞いた……」