- 小寒 -


一月五日
せりすなわちさかう


 年が明けて三箇日の間を、菊さんに届いた年賀状を眺めながら過ごした。相も変わらず錚々たる名前が並ぶ。七日には七草がゆを食べる。スーパーに行けば手軽に少量セットになった七草が売られているから、世の中便利になったものだと菊さんは言う。

「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、春の七草」

 五七五七七のリズムで覚えられる、とは言われても年に一度くらいしかその名を口にしないものだから、結局毎年忘れている。それに耳馴染みのない名前はやはり、記憶に残りにくい。せりやなずなはまだいい。ほとけのざなんてのは縁起がよさそうだから覚えられる。すずな、すずしろに至っては蕪と大根のことだから、そう言われればピンとくるが普段呼んでいない呼称だとやっぱり覚えにくい。

「ていうか蕪ってすずなっていうんですね」

 なんだかこのやり取りも毎年している気がすると思っていると、菊さんも同じところ思っていたようで「去年もこの話しましたね」と笑った。

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一月十日
しみずあたたかをふくむ


「あ、今日は暖かい」

 縁側の窓越しにそう思って、でも窓開けたら空気がとても冷たくて騙された、と肩を震わせた。縁側に日差しが入るとそこはちょっとしたサンルームのようで、いつもは庭に出ている鉢植えも外で越冬させるのは酷だからと縁側の廊下に並べている。窓越しに少し柔らかくなる日差しを受けて鉢植えの植物は健気にもすくすくと成長している。
 うっすらと積もった雪の報道に、同時に今日は成人の日だとそこかしこで取り上げられている。テレビでは全国各地の成人式の様子が放送されているし、ネットニュースにも毎年上がる。振袖の柄をみるとその時々の流行を見られて楽しい。

「やっぱり今年も雪ですね」
「寒そう」

 成人式の日とセンター試験の日は大抵雪が降るが、今年もそうだ。テレビの中でもテレビの前でも、何年もこの会話をしている。いい加減日程を変えてもいいだろうに、と思う。現に豪雪が見込まれる地域では夏に成人式をするらしいではないか。まあ、夏は夏で振袖を着るには暑いかもしれないけれど、寒いよりはいいのでは、と考える。どっちにしろ写真の前撮りはみんな夏頃にしているのだろうし、と考えてはみても政府は動かないので考えるだけ無駄だ。

「早く暖かくならないですかねぇ」
「まだまだでしょうね」

 そんな話をしていても、一月二月三月は行く逃げる去ると呼ばれるくらいあっという間に過ぎていく。きっと気づけば春になっている。

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一月十五日
きじはじめてなく


 菊さんが年末に頂いたお歳暮の雉肉を引っ張り出してきた。なんだかんだでお歳暮に頂いたもので冷凍できるものは冷凍庫に詰め込んでいたから、今月は結構食費が浮きそうでありがたい。雉肉を鍋にして一緒につつきながら「そういえば雉って国鳥でしたよね」と思い出す。国を象徴する花は桜、そして鳥は雉。だというのに雉を食べている私たちはいったい。

「ええ」

 相槌をうった菊さんは少し困ったような顔をして「国鳥を食べるのはお前のところだけだって言われたことがあります」と言った。それと同時に。

「まあ、国鳥と言っても非公式なものですし、それが定められたのもここ数十年のことなので……」

 日本人が雉を食べていたのはもっと昔からだ、という菊さんはどこか言い訳を探すみたいに話す。貴族や武家の間では最高の獲物として親しまれていた雉。聞けば、国鳥として選ばれた理由の一つにその肉が「大変美味だから」というのもあるらしい。なんだか妙な選び方をする。
 どことなく申し訳なさそうな様子の菊さんは、けれども箸を止める様子はない。この国の昔の人間は雀を食べるくらいだから、そりゃあ雉だってぺろりと食べてしまうだろう。

20220120

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