- 立冬 -


十一月七日
つばきはじめてひらく


 山茶花の名を聞くとすぐに「さざんか、さざんか、さいたみち、たきびだ、たきびだ、おちばたき」という童謡を思い出す。物心もつく前の、ずいぶんと幼い時に聞いたその曲は大人になっても忘れることはない。一説には、十代までに聞いた音楽というのは一生忘れることがないのだそうだ。それを知ったときは、確かに小学校の校歌も未だに覚えているなと思い至った。

「菊さんはいつまでたっても忘れない歌ってあります?」

 散歩に出て、一緒に山茶花を見て小唄を歌ってそう問えば、菊さんはあまりその曲に馴染みがないような顔をしていた。

「え、知らないですか? この歌」
「聞き覚えはありますが、忘れないという程では……」

「それにその曲が作られたのは結構最近では」と話す菊さんに、ああそうか菊さんにとったら最近の出来事なんだと思い至った。私にとってみたら五年位前に流行った曲、くらいの感覚なのかもしれない。

「ジェネレーションギャップ……」
「何をいまさら」

 綺麗に笑った菊さんはたいして気にした様子もない。

「それはそうと、もう冬ですので本格的に冬支度をしませんと」

 暦の上では立冬になった今日。十月のうちは学校でも合服が制定されていたが十一月になればどこも冬服になる。家の衣替えも中途半端なままだ。片付けようと思って洗濯したままの服も、気づけばたまに毛をつけられていた。それらをもう一度洗いなおして今度こそ衣装ケースに仕舞わなくてはならない。

***
十一月十二日
ち、はじめてこおる


 吐く息が白く見えると途端に寒いなぁという感覚に襲われる。秋だ秋だと思っていれば一気に冬の気配を間近に感じた。急に冷え込んだせいでぽちくんもたまも小さく丸くなっていて、たまに至っては日中でも動き回ることが少なくなった。だいたいこたつの中か人の側にいる。
 この季節になると少しだけ楽しみなことがあって、早朝、庭の水たまりに薄く氷が張るのを踏んで壊すのが子供のころから好きだ。寒い朝の早起きは苦手だけれど凍った大地を踏みしめてピシピシという音を聞くのが好きだった。通学路にある水たまりにできた薄氷を踏んで歩くのが登校時の楽しみだったのをよく覚えている。
 朝日で溶けてしまう前だけのささやかな楽しみ。朝の冷たい空気を肺に入れて鼻腔をかすめた冬の気配で季節の移ろいを感じる。窓が結露して曇っているところに指で落書きをしていたら起きてきた菊さんに「楽しそうですね」と笑われてしまった。

***

十一月十七日
きんせんかさく


 床の間に水仙が飾られていた。鮮やかな黄色に目が覚めるようだ。菊さんが庭の隅に咲いているのを手折って飾ったようだった。床の間と、それから玄関にも同じように生けてあった。季節の花を飾る習慣は菊さんの趣味のようなもので、時折、本当に私の知らない花を持って帰ってくることがあって勉強になる。たまはあまり近寄りたがらないがっぽちくんはクンクンと鼻を鳴らして興味を抱いているようだった。

20211122

- ナノ -