Euphorbia milii


「ふふ」
「なんだよ」

 夕食後、テーブルを挟んで向かい合ったチャーリーを見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。そばかすまみれの顔。昔からそうだったけれど、ドラゴンキーパーの仕事でそれがどんどん増えていって、まるで日焼けしたようなその顔は、なんだか幼く見える。けれども目元の皺、色味の薄くなった赤毛、少し落ちた頬、それらが一緒に過ごした年月の長さを感じさせた。

「おじさんになったなぁって思って」

 年季の入った顔が一瞬きょとんとした表情を見せ、すぐに破顔して「お前もな」と返ってきた。

「チャーリーほどじゃないと思うけど?」

 出会ったころはまだお互い学生で十代だった。それが、今はもう五十だ。魔法使いはマグルより平均寿命が長い。とはいえ年相応に齢を重ねた見た目はマグルの五十歳とそう変わらない。
 ドラゴン相手に日々奮闘しているチャーリーの体は、きっと同年代のそれより鍛えられている。背はそれほど高い方ではないが、広い背中、しっかりとした肩幅。腕に無数にみられる火傷の痕は、知らない人から見れば痛々しいかもしれないが、彼のことを知っている人から見れば勲章だ。本人もそれを自負している。マメだらけの手だって、私に触れるときはとても優しい。
 チャーリーの膝に乗るニーズルだって、彼の手が好きで撫でろといつも要求している。そんなニーズルがチャーリーの膝からテーブルに手を伸ばしている。

「こら、だめだぞ」

 伸ばされたニーズルの手を握り、両方の前足を片手で器用にまとめたチャーリーは赤ん坊にするようにニーズルを横向きに抱きかかえる。訴えかけるように声を上げるニーズルの声は甘い。

「そんな声出してもだめだからな」

 目の前に置かれた皿には一切れのケーキ。チャーリーの前にはシフォンケーキ、私の前にはイチゴがのったショートケーキ。それは絶対死守するらしい。
 チャーリーの誕生日だからという理由で買って来たケーキは、昔に比べると随分小さくなった。若い頃はホールケーキを焼いて、自らデコレーションして、それを二人でつついたものだ。さすがにもうそんな量は食べられない。けれども私はまだ生クリームを食べられる。チャーリーは「生クリームはもう食べたくない」と言い出したから、その点ではまだ私の方が胃袋は若いはずだ。
 どんなにねだってもご相伴にはあずかれないと察したニーズルはチャーリーの膝から降りてソファに移動していった。

「ね、この花、知ってる?」

 ソファの上で一度伸びをし、そのまま丸くなったニーズルを横目に見ながら、キッチンカウンターに載せていた小さな植木鉢をテーブルに手繰り寄せた。赤い小ぶりの花をいくつもつけているそれに、チャーリーは小首をかしげながら「俺が知ってると思うか?」といたって真面目な顔で言った。

「ハナキリンっていうの」
「ふぅん」

 さして興味がない様子のチャーリーが指先で花をつつく。花弁が二枚、二枚貝が開いたような形をしている。

「花言葉、当ててみて」
「花言葉ぁ?」
「ヒントは、形」

 キッチンから笛吹ケトルが歌っている。席を立って火を止めに向かい、、そのまま用意していたコーヒーポットにお湯を移す。少しおいて適温に冷まして、フィルターと粉をセットして準備していたドリッパーに渦を巻きながら湯を落としていく。一度、二度、三度と回数を分けて行う。その都度コーヒーが香り立つのが楽しくて、手間はかかるがこの方法が好きだ。コーヒーが落ちるのを待ちながらカウンター越しにチャーリーを見ると鉢を手繰り寄せてまじまじと見ていた。

「何に見える?」
「……花?」
「もう、ふざけてる?」

 笑いながら、花に指を伸ばすチャーリーに「少しトゲがあるから気を付けてね」と忠告する。落ち切ったコーヒーをカップに注ぐ。私のは温めたミルクを加えたカフェオレだ。テーブルに戻ってケーキをつつくと、クリームは甘く、イチゴは甘酸っぱくて思わず頬が緩んだ。

「チャーリーには難しいかなぁ」

 子供相手に話すような口調で言えばむっとする。そういう姿がますます子供っぽくて笑みがこぼれる。「んーっとね」とフォークを置いて両手で頬杖をついて見せる。

「こっちこっち」
「ん?」
「ん」

 花を睨みつけるチャーリーの意識をこちらに向けさせて唇を尖らせる。「ほら、ヒント」と花と自分の唇を交互に指さして見せると「口……唇か?」とチャーリーが首傾げながら言う。

「そうそう、それで?」
「それで?」
「花言葉よ」

「なんだと思う?」と改めて問うとチャーリーは腕を組んで考え込む。数秒そうして、コーヒーをすすって、ケーキを一口食べて、そしてまた腕を組む。

「分からない?」
「……降参!」

 組んだ腕を解いて両手を挙げたチャーリーが、「こういうのは専門外だ」と零しながらフォークの先でシフォンケーキを切り分ける。切り分けたそれを口元に運ぶチャーリーに答えを教える。

「早くキスして」

 ケーキを口に運んでいたチャーリーが静止し、こちらを見てくる。中途半端に刺さっていたシフォンケーキが傾き、今にもフォークから零れ落ちそうになっている。

「……なんだよ、いきなり」

 フォークを皿に戻したチャーリーが真面目で、それでいて少しだけ上がった口角が隠せていない顔をする。そんなチャーリーを見るとまた笑いがこぼれる。

「違うわよ。花言葉」
「花言葉?」
「そ。『早くキスして』っていう花言葉なの」

「かわいいでしょ」と告げれば「かわいいか?」と返ってくる。「かわいいのよ」と言い聞かせれば「そういうもんか……?」と自分を納得させるように言うチャーリーはいつも私の意見を否定しないでいてくれる。私がおかしなことを言っても「そうか」と受け入れて肯定してくれる。
「ね、一口食べる?」と私の前にあるケーキを指させば「イチゴのとこなら」と子供みたいなことを言う。

「しかたないなぁ」

 イチゴの挟まった部分を一口分、チャーリーに口元に運ぶ。それを口にし、「甘っ」と零してすぐに可笑しそうに笑った。

「昔は余裕だったのにな」

 きっと一口で生クリームの甘さに胃もたれの気配を感じたのだろう。「観念して認めなさい。あなたはもうおじさんなのよ」と説けば「これはもう、認めざるを得ない」と不承不承といった様子で認めたチャーリーに、二人一緒に笑った。


20231212
Happy Birthday Charlie!


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