隣に立ちたい
腕に火傷をした。ドラゴンキーパーをしていればこれくらいの怪我は日常茶飯事で、そのことは覚悟してこの世界に入った。だというのに周囲の心配の目がすごい。それはもう、視線がうるさいと形容できるほど。こと、同期のチャーリーからのそれは心配の度を越えているようにさえ思えた。
箒に跨ってドラゴンの傍まで寄っていた。最近は元気がない様子で、ともすれば大人しいと言ってもいいほどの有様だったから、元来の凶暴性を失念していた。突如翼を広げて暴れだしたものだから箒の上でバランスを取ることに気を取られていた。左手で箒の柄を掴んで右手に杖を握って防御すればよかったのに、咄嗟に右腕で頭を防御する体勢を取ってしまった。
「あっつっ!」
大きく開口して吐き出された炎から間一髪で逃れたもののその熱風はすさまじく、肌をじりじりと焼き付ける。グローブ、アームカバー、肘当てに至るまですべてはドラゴンの革製で、さらにそこに職人の施した防御魔法をかけているそれはドラゴンの放つ炎をも防げる。はずだった。運悪くグローブとアームカバーの隙間、手首の辺りの肌が露出していてそこに僅かながらの火傷を負ってしまった。
すぐさま退いてドラゴンから距離を取る。「大丈夫か?」と問いかけてきた同僚に「ちょっと焼けたかも」と告げれば「すぐ手当て!」そこから追い払われた。
地上に足をついていつもの癖で箒を右手で持ったらグローブの端がやけどをした部分に触れてヒリヒリした。一瞬右手から力が抜ける。箒を取り落とす手前で左手で持ち直す。嫌な予感を抱え、左脇に箒の柄を挟んでグローブをそろりと外した。悲観するよりも先に火傷の範囲が狭くてよかったと思えたのは、おそらくこの仕事に慣れたせいだ。
「お前暫く現場禁止」
医療班に火傷の処置をしてもらっていると、どこから話を聞きつけたのか現場責任者の先輩がやってきた。そして火傷の状態を見て開口一番にそう告げた。
「自分は大丈夫です」
「いや、駄目だから」
ナマエの言を治療師が否定する。「しばらくは安静にして」じゃないと治るものも治らないわよ、と包帯を巻いた上から火傷をちょん、と軽く指で突いた。綺麗な顔して悪戯が過ぎる治療師の女は、けれどもここでは人気者だ。
「ッ!」
ばっ、と自身の右腕を抱えて彼女に恨みがましい視線をやったナマエに女がケラケラと笑う。
「顔じゃなくてよかったね」
「まったくだ」
治療師の言葉に先輩が溜息をつく。
「これくらい平気です」
「毎月怪我作るやつに言われてもなぁ」
はぁあ、とため息を零して「まあいい、ちょうどやってほしいことがあったんだ。明日からそっち頼むわ」と詳細は明日伝えると先輩をその場を後にした。
「火傷してんだからシャワー禁止ね」
「ええ……」
「頭だけ洗ってあげようか?」
そう提案してきた治療師に、この環境に自分以外の女がいてよかったと心底思った。
「ありがたいです」
「体は自分で拭いてね」
真新しい包帯をして食堂で夕食をつついていれば隣に座ってきたチャーリーがそれを見留めて「またかよ」と半眼眇めた。
「どんくさいやつ」
「うるさいなぁ」
外から戻ったばかりなのか妙に埃っぽいチャーリーにナマエも半眼眇める。
ナマエの怪我は多い。今は肩につくくらいの髪も、一度は派手に燃やしている。以前は長かった髪をポニーテールに結わえていた。けれどもそれが燃えてしまって、一気にショートヘアにした。その髪も今は大分伸びて、普段はそれを一つに結わえていることが多い。女治療師に頭を洗ってもらって今はさらさらとした髪で首元が隠れている。服で見えない首の下、背中側にも一つ傷跡が残っている。
銀のトレーの中のラザニアをスプーンで崩しながら「現場禁止令でた」と零したナマエに「またかよ」とチャーリーが呆れる。
「何回目だよ」
「さあ、覚えてない」
それだけ怪我をしているという話だ。ナマエと同じようにラザニアを崩して口に運んでいたチャーリーが、それを飲み下して「お前もうこの仕事やめれば?」と何ともなしな物言いで告げた。
「は? なんで?」
口に運びかけたスプーンを一度下げたナマエが隣のチャーリーを見る。チャーリーの視線は目の前の食事に落とされたまま。
「ドラゴン相手なんて女には向いてないだろ」
普通、女子供はドラゴンを怖がる。狂暴な生き物だから、面と向かって遭遇すれば大の男だって怖気づいて動けなくなるような奴だっている。一言で言えば危険だ。同期でこの仕事を始めて、それだけチャーリーはナマエの怪我を見てきている。これは純粋な心配だ。だというのに「なにそれ男女差別?」と突っかかるナマエは止めていた手を動かして口にラザニアを突っ込んで咀嚼する。
「心配して言ってやってんだろ」
「余計なお世話ですー」
ごくりと口内のものを胃に落としたナマエが水で喉を潤わす。
「女なんだから、火傷とか傷跡気になんないわけ?」
チャーリーの物言いはあくまで心配からのそれ。しかしナマエは「なにそれ」と機嫌を斜めにする。
「女だからとか、……そんなの私の勝手でしょ」
「チャーリーは白い肌の華奢な子が好きなのかもしれないけど、女がみんなそうありたいわけじゃないの」と、ナマエがトレーのラザニアをカッカッと乱暴に全部寄せる。
昔、同期メンバーで酒を酌み交わした時にした好みのタイプの話を引き合いに出されてチャーリーが言葉に窮す。そんな昔の話、と、当時はさして好みのタイプもなかったから学生の時に付き合っていた子の話をした。それだけで、他意はなかった。
「私は好きでこの仕事してるの。バカにしないで」
残りのラザニアを乱暴に口にかきこんで席を立ったナマエは周囲からのなんだどうしたという視線を受けながらいきりたった様子のまま食堂を後にした。取り残されたチャーリーはぽつりと独り言を零して誰にも分らないで程度に肩を竦めた。
「……心配しちゃ悪いのかよ」
包帯を解いた下には、やはり痕が残っていた。火傷に効く薬草や軟膏を処置してもらって様子を見ていたものの、傷は癒えても傷跡まではカバーしきれなかった。右腕を掲げて角度を変えてみたナマエは、しかし満足気に「勲章勲章」と笑った。火傷の経過観察をしていた治療師は「ほどほどにね」とその痕を綺麗な指先で撫でた。
火傷を負って現場禁止令を出されていた期間、ナマエは育児放棄をした母ドラゴンに代わり卵を孵化させていた。テーブルに乗る程度のまだ小さなドラゴン相手なら火傷を負っていても出来る仕事だろうということだった。
自室のテーブルの上を片付けてそこにタオルで巣を模した土手を作った。普段は大人しくそこで丸くなっていて餌の時間になると活発に動き出す。体内時計がしっかりしているのか決まった時間になると小さな鳴き声で餌を催促するドラゴンの雛に、献身的に食事を与えた。テーブルの上を這いまわるようになってからは目が離せない。気づけばテーブルから落ちそうになっている。床に下ろしてしまえばベッド下や棚裏の、目の届かない所にまで行ってしまうから気が抜けない。最近は小さなゲップと一緒に炎が出るのも確認し始めたばかりだ。
「順調か?」
軽いノックをして部屋の主の返答を待たずに戸を開けたのはチャーリーだった。ネズミの肉をコマ切れにしたものをピンセットで摘まんでいたナマエは振り返って「返事する前に入ってこないでよ」と文句を垂れた。目の前で餌のお預けをくらったドラゴンがテーブルを小さな爪で引っかく。雛と言えどドラゴンだ。
「ノックしても返事しないだろ、ナマエ」
「それはチャーリーが変なタイミングで来るから」
チャーリーが小脇に抱えているのはドラゴンの餌や飼育に必要なものだ。乱雑に足でドアを閉めながら抱えた荷物を持ち直したチャーリーが「そろそろ飛ぶ仕草始めるんじゃないか」と言いながらナマエの手元を見て「あ、おい、危ない!」声を上げた。
「え?」
チャーリーの方を振り返ったままだったナマエが反応に遅れる。「痛っ」と右手に走った痛みにピンセットを落としたナマエがテーブルを見る。テーブルに落ちたネズミの肉はすでにドラゴンの口の中にあった。餌やりの手を止めていたナマエに、腹を空かせていたドラゴンが耐えきれずその手に爪を立てたのだった。痛みが走ったところを見れば三本線。そこからじわりと血がにじむ。
「うわぁ、やられた」
そう言いながらも「はいはいごめんね」と餌やりを再開させるナマエに、荷物を椅子に置いたチャーリーがその傷をみて眉をしかめる。手の甲から手首にかけて細い三本の線。見ようによっては猫に引っかかれたようにも見えるけれど、それにしては出血が多い。ちらりとドラゴンの爪を見ればそれは猫のそれより格段に太く鋭い。この程度で済んでよかったと言えるのだろうが、しかし先日出来た火傷痕に重なっていて痛々しい。
「ちょい変わるから、洗ってこい」
チャーリーがナマエの手からピンセットとネズミの肉の入ったトレーを奪う。
「ごめん、おねがい。それだけあげたらおわりだから」
「おう」
ナマエは医務室に向かった。
ナマエが戻ってくる頃には腹がいっぱいになったドラゴンはタオルの巣の中で丸くなって眠っていた。まだ小さい翼を折りたたんで丸くなれば、それは女の両手にもなんとか収まるサイズ。これが背に人を乗せられるほどの大きさになるのは感慨深い。
「かわいいなぁ」
椅子に腰かけ頬杖をついたナマエに、「かわいいっつったってドラゴンだぞ」とチャーリーが釘をさす。その辺の爬虫類じゃないんだから油断は禁物だと説く彼に、「爬虫類みたいなもんじゃん」と笑って眠るドラゴンの頭を指で軽く撫でるナマエは注意力が欠如している。
大人のドラゴンが眠っているところに不用意に近づけば襲われても文句は言えない。だというのにナマエはそういう所の考えが甘い。急に暴れだしても笑いながら「危ないなぁ」と楽しんでしまう所もある。それぐらいドラゴンに対して親しみを持てることはいいことだが、時には危険ですらある。
ドラゴンを撫でるナマエの右手を取ったチャーリーが「見せて」と引き寄せる。
「顔に傷なんて作ってみろ。嫁の貰い手なくなるぞ」
そう言いながら手の甲から手首にかけての引っかき傷をまじまじと見るチャーリーに、ナマエが「うるっさいなぁ、大きなお世話よ」言いながらその腕を預ける。
「おい、薬は?」
「え? 塗ってない」
医務室に行ったが生憎誰もおらず、洗って消毒だけ済ませた。水で流しているうちに血は止まったからガーゼも何もしていない。「唾つけてれば治るでしょ」と軽口をたたくナマエに、しかしチャーリーが「お前馬鹿か!?」と形相を変えた。
「ちょっと、なに」
ナマエが声をもらすのと同時にチャーリーがその腕を引いて立ち上がる。引きずられるように立ち上がったナマエはそのまま部屋から連れ出される。先程辿った同じ道を通って医務室に向かいながら、ナマエはくらりと眩暈を感じた。
「チャーリー、待って、ちょっと」
しかしチャーリーの耳には届いていないのか歩みは止めてくれない。医務室に入るや否やチャーリーは戸棚を勝手にあさりだした。解放されたナマエは近くの椅子にへたり込む。視界がぐるぐるとする。
「あった!」
戸棚から何かを取ったチャーリーがへたりこむナマエに駆け寄る。
「ナマエ、大丈夫か?」
「なに、これ。……ちょっと、やばいかも」
体は動いていないはずなのに三半規管が狂ったように感覚がおかしい。
「あのドラゴンの雛の爪には微量だけど毒があるんだ」
それは成獣に比べ他の生き物に狙われやすい雛特有の性質。幼いながらに身を護るためのそれは、成長するにつれて毒の生成がされなくなる。
「習ったろ? おい、しっかりしろ」
チャーリーに右腕をとられたナマエは、しかしそこに感覚がないことに気付く。傷口がじんじんと熱を持ち始めている。右腕がしびれる。「ナマエ!」チャーリーの呼ぶ声を聞きながらナマエは意識を手放した。
暖かい布団の中で目が覚めた。見慣れない天井に「あれ、ここどこ」と言葉を漏らせば右側から赤毛の男が視界に入ってきた。
「起きたか!?」
ガタリと椅子が押しのけられる音がしたかと思えばチャーリーは緊張しきった顔で、けれどもすぐに表情を緩めると首を垂れて「はぁあ」と大きなため息をついた。首をそちらにやってその動向を見ていれば、次の瞬間にはチャーリーがガッと頭をあげた。
「お前マジやめろ、この仕事」
その声は今までにないほどに低く、真剣だった。
「……なによ」
怒りすら滲ませているような気配に、そんなチャーリーは初めてだと委縮したナマエが小さな声で反論する。
そりゃあ、今回のことは完全に自分の不注意だ。空腹で気が立っている生き物を前にして餌やりの最中によそ見をしたことや、あの種のドラゴンの生態を把握しきれていなかったこと。元をただせば全部自分のせいだ。それは分かっている。毒が回っていたらしい体は妙に怠く、思考が上手く巡らない。
右腕の状態を見ようと思ったが腕が上がらない。けれど包帯が巻かれていることは何となくわかった。右手を動かそうとして力を入れてみたけれど指先に若干痺れが残っていた。
きゅっと唇を噛んだナマエを見降ろしたチャーリーがまたひとつ溜息を零すと「毒は抜いた。でも絶対安静。今日はここで寝ろ」と簡潔に物を言う。その声は普段より低い、気がする。それに気付いて、ナマエが左腕を目に乗せる。目頭が熱かった。
「おーい、聞いてるか?」
視界を自ら遮ったナマエに、チャーリーは一つ溜息をつくといつもの声音に近い声をだした。
「……聞いてる」
覇気のない声を返せば、けれども返答があっただけマシだと思ったのかチャーリーが椅子に腰を下ろして「はぁ、ったくマジ焦った」とベッドに肘をついた。
「いっつもどこか怪我してないと気が済まないわけ?」
チャーリーのその言葉にナマエは返事をしない。その様子に、立て続けに怪我をして今回ばかりは反省しているのかと察したチャーリーが話題を変えて「腹減った。ナマエもなんか食う? 食欲ある?」と問いかける。しかし返事がない。
「聞いてる?」
再度問えば、唇を噛んでいたナマエが鼻をすする音を立てた。それに気付いてぎょっとしたチャーリーが「え、泣いてる?」と背を正してナマエを見る。
「なに、今泣くとこあった?」
チャーリーの声ににわかに焦りが滲む。左腕で目元を隠しているから判然としないが、しかし立て続けて鼻をすする音を立てればそれはもう泣いていると思うしかない。
「……あのー、ナマエさん?」
気を使ったような声音で話しかけるチャーリーが「泣いてるとこ悪いんだけど、」と言いかけて、そこでナマエががばりと起き上がって左手で枕を掴んでそれをチャーリーに投げつけた。
「うるさい! 泣いてない!」
枕を顔面に当たる直前に受け止めたチャーリーがそれを抱えてナマエを見る。起き上がったことで頬に涙に跡が出来ていた。体が重怠く、眩暈を感じて瞼を閉じたらそのせいで涙がぽろぽろ落ちた。
「いや泣いてんじゃん」
チャーリーがそう言ったのと医務室のドアが開いたのは同時だった。
「大丈夫かー?」
ナマエと仲の良い同僚が数人顔を覗かせた。ドアからベッドはそう近くはない。けれどもカーテンで仕切られていないからよく見える。枕を抱いたチャーリー、涙に頬を濡らすナマエ。二人を交互に見た男たちが視線をチャーリーに定め、真顔で言う。
「え、何お前ナマエ泣かせてんの?」
「違う!」
同僚たちの言にチャーリーが否定を叫ぶ。
「好きな子苛めるとかガキかよ」
「違う!!」
再度声を張ったチャーリーが枕をベッドに投げつけてドアまで大股で寄る。
「ちょっとお前ら出てけ!」
「飯は? 早くこねぇとなくなるけど」
「行くからとっとけ!」
彼らは夕食の確認に来たらしい。それだけ確認がしたかったのかチャーリーがドアを閉めれば同僚たちはすんなりと退散した。ぐるりと踵を返したチャーリーがゴッゴッとそこの厚いブーツで鈍い足音をさせながらナマエの傍に戻る。
すん、すん、と鼻をすするナマエに、ベッドに手をついて体をかがめたチャーリーが「なんだよ、どうした? 気分悪い?」と問う。先ほどまでの声音とは違う、心底心配したそれ。
泣き顔を見られたくなくて俯くナマエは左手の手の平で頬を拭う。ベッドに腰を下ろしたチャーリーが上体を捻ってナマエの顔を覗き込む。チャーリーに置き場所を奪われた左手は一瞬彷徨って膝の上に着地した。
毒のせいだと思っているらしいチャーリーはなおもナマエの瞳からこぼれる涙を優しく指で掬う。頬に触れてくるチャーリーの右手を捕まえたナマエが、その大きな手をまじまじとみる。その手だって傷だらけで、ナマエのよりももっとずっと多い。
「……チャーリーだって怪我いっぱいしてるくせに」
自由の利く左手でチャーリーの指を掴む。「何の話?」話の脈略がつかめないチャーリーがきょとんとした顔で小首を傾げる。
「やめろとか、向いてないとか」
ずっ、と鼻水が零れるのを耐える。
「そりゃあ、ちっさいドラゴンの相手だってまともにできないけど」
ぐずぐずと鼻をすすりながら言葉を紡ぐナマエに、チャーリーは黙って耳を傾ける。ドラゴンの雛だって人間の子供と同じで予測不可能だからイレギュラーやトラブルは発生するだろうと思いながらも、チャーリーは口を閉ざしたままでいる。毒のせいで体調が悪いのかと思っていたが、もしかしたらそうではないらしい。日頃の鬱憤を吐き出そうとしているのか、とナマエの言に黙って耳を傾ける。
「やめろとか言わなくたって、いいじゃん」
ぽろ、と流れた涙がシーツに染みを作った。「……パワハラ」と小さくこぼしたナマエに、さすがのチャーリーも「同期にパワハラもなにもねぇだろ」と小言をもらす。
「心配してやってんのに」
「心配してなんて頼んでない」
「……反抗期の子供みたいなこと言うなよな」
ああ言えばこう言う。
「ああ、もう、そういうことかよ」と声を上げたチャーリーが事の次第を察して頭を抱える。
「くそ、なんだよ」
ナマエが握ってきている右手はそのままに、自由な左手で短い髪をかき混ぜた。
「なんで心配されるのそんな嫌がるんだよ」
「嫌がってるとかじゃない」
ただ自分も同じドラゴンキーパーとして認めて欲しい。同等に扱ってほしい。チャーリーはドラゴンキーパーとして才能に秀でているから、少しはチームメートとして見て欲しい。職場で「女だから」という扱いをされたくない。ぽつぽつと喋るナマエに、チャーリーがまた一つ溜息を零す。女扱いをするなと言われたって、そういうわけにもいかない事情が男にもある。
「なんでそういうとこだけ頑固なんだよ」
「心配されていやがるとかどんな我儘だよ」と悪態をつくチャーリーにすかさずナマエが「そういう意味じゃなくて」と言い返す。「あのなぁ」チャーリーが観念したような声を上げた。
「俺が心配してんのはお前が好きだから」
ナマエが下げていた視線を「え?」と上げた。「惚れた女に目の前で怪我される身にもなってみろ」と話すチャーリーはどこか居心地悪そうに頭を掻く。チャーリーの手を握っていたナマエの手から力が抜ける。はらりとナマエの手が離れて、チャーリーが「ああもう、言うつもりなかったのに」と立ち上がった。そのまま足音だけ残して医務室から出ていくチャーリーに、残されたナマエは一人ぽかんと、理解の追い付かない頭でドアを見た。
「え、なんで……」
誰に言うともなく零れた独り言。どういうことなのか、どうしたらいいのか。足元に投げ出されたままの枕に視線を寄せて途方に暮れていたらドアの開く音。顔をあげれば先ほど出ていったばかりのその人本人で、ナマエがびくりと肩を揺らす。
「飯! 食う!?」
頭だけ覗かせているチャーリーに「……食べる」と短く返せばすぐにドアが閉まった。今の様子だと多分二人分の夕食を持って戻ってくる。どうしよう。じわじわと遅れてきた感覚は、毒が体をめぐりだした時のように、徐々に体温をあげて頭をくらくらとさせた。
20201212
48歳おめでとう!!