マティーニに沈む流星


 カララン、と軽くはないベルの音が客の来訪を告げた。頭上のその音に、外と一変して店内の雰囲気に肩の荷が下りたように力が抜ける。
 入口傍のハンガーにアウターをかけてカウンターに寄れば店主がにこりと微笑んで「いらっしゃい」と告げてくれる。こぢんまりとしたバーにはほぼほぼ常連客しかおらず、勝手知ったるなんとやら、で各々自由に席を行き来している。

「こんばん、は……」

 慣れた足取りでカウンターの隅の席に足をむければ、今日は先客がいた。すっかり見慣れたその姿の隣に一つ席を空けて腰かければほろ酔いなのかぼんやりしていたシリウスが顔を上げた。

「よお」

 店主に「いつもの」と言ってシリウスを見遣れば今日はどこか楽しげに雰囲気が浮ついている。

「聞いてくれよ」
「なに?」
「親友にさ、ガキができるんだ」

 そう言った彼は心底嬉しそうに、まるで自分のことのように破顔した。当たり障りのない「おめでとう」の言葉を投げかければへらりと笑う。
 この隣の男とはここで知り合った。互いにカウンターで一人酒を煽っている場面に何度か遭遇し、店主がさり気なく引き合わせたのだ。それからタイミングが合えばこうして並んで酒を煽る。決して約束して会うなんてことはなくて、彼のことは名前と彼が口にする多少の話しか知らない。連絡先なんて聞いたこともないけれど、これはもはや暗黙の了解になっている。
 今だってそうだ。独身の彼の親友が結婚していたのなんて知らないのに急に子供ができるという話を振られる。まあこちらもたまに仕事の愚痴を何の前置きもなく話して聞いてもらうことがあるのだから「そう、それで?」なんて冷たい返答はしない。
 それに片方が勝手に話し出すときは軽く酔っていて喋りたい時だから、変に話を盛り上げようとせずに軽く相槌を打ちながら話を促してやるのが互いの中のルールになっていた。
 わたしが今日最初のアルコールを口にしている傍らでもシリウスは一人嬉しそうに親友の話をしている。学生の頃の話や、その親友が結婚するまでに至る相手の女性との馴れ初めまで。聞いてもいないことをぺらぺらと話す人種は本来嫌いなのだが、どうしてだろうか彼の話には耳を傾けてしまう。
 きっとこのバーの雰囲気がそうさせるのだろう。
 店主はきっとわたしが来る前にもこの話を聞かされただろうに、嫌な顔一つせずにこにことシリウスの話に耳を傾けている。
 この話が終わるのは、きっと心地よく酔っ払ったシリウスが眠りにつくときだ。そのあとに店主にでも話を聞いてもらおうと、わたしは静かにグラスを仰いだ。

→「昼中の流星」

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