凍える夜に魔法をかけよう


 螺旋階段を上っていく足音が天文塔に響く。杖先の明かりが影を作り、緩やかに曲線を描く壁面にそれを伸ばす。
 ギィ、と錆びた音を立てた扉を押し開ければ雲一つない濃紺の空があった。西の方には、まだ陽が沈みきっていない橙が残っている。

「やっぱりここに居た」

 壁沿いに設えられたベンチに腰掛けるナマエを見つけて、リーマスはほんのわずか表情を穏やかに緩めた。

「夕食は?」
「しもべ妖精に詰めてもらったの」

 そう言ってベンチに置いたランチボックスを指差したナマエは、片手にチキンを携えていた。先ほど大広間で見たのと同じものだ。
 九月に入り、新学期が始まってから最初の週末。過ごしやすいというには些か語弊のある少し肌寒さの混ざる季節。厚手のロングカーディガンに身を包んだナマエは風に弄ばれる髪を耳にかけた。

「それ、初めて見た。買ったの?」
「うん。リーマスと同じ色」
「なにそれ」

 昨シーズンは見なかったそのカーディガンはどうやらこの夏休みの間に新たに彼女のクローゼットに仲間入りを果たした新入りらしい。
 自分と同じ色と言われたリーマスは小さく苦笑し、けれども少しだけ嬉しそうに目尻に皺を寄せた。

「星を見るにはまだ早いでしょ。身体冷やすよ」
「夕日見てたから」
「……てことは結構前からいたの?」
「うん」

 ボックスの中にチキンを戻したナマエは、どうやらそれで夕食を終えたらしい。指先をぺろりと舐めたかと思うとペーパーナプキンで指先と口元を拭った。

「リーマスは? ご飯食べてきたの?」
「あとで厨房に寄るよ」

 そうやって話をしている間にも夜の帳は着々と降りてきて、濃紺に一番星が煌めいた。
 カーディガンの前を寄せて腕を組むようにしたナマエに、リーマスはそっと彼女の隣の腰を下ろした。肩と肩が触れ合うくらいの距離に座れば、互いの間に暖かさが生まれたような気がした。
 目視でもわかるくらいに西の空から橙が消えていく。時折強く吹く風が髪を乱し、その度にナマエは鬱陶しそうに目を閉じた。
 細く尖った三日月が白く輝いている。獲物を狙う鷹の爪のよう。
 濃紺に染まった夜空にぽつぽつと星が瞬き始めると、ナマエは夜空を見上げてただただそれを眺めた。

「ねぇ」
「ん」
「そろそろ戻らない? 寒い」
「先戻ってていいよ」

 リーマスが苦笑した気配がした。「まったく……」と聞こえた気がしたがナマエは構わず星を見上げる。わずかに身じろぎしたらしいリーマスは、足を組み、ナマエと同じようにカーディガンの前を引き合わせるようにして腕を組むとナマエの方に身体を傾けた。こつん、とリーマスの頭がナマエの肩にあたる。頬に触れたカーディガンが思いのほか肌触りがよくて、少し頬を寄せるように頭を揺らした。

「気が済んだら言って」
「ん」

 頬に、肩に、身体の左側に触れるナマエの体温を感じながらリーマスは静かに瞼を閉じた。

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