僕の義姉さん


 僕には義姉(ねえ)さんがいる。正確には、義姉さんになる女性(ひと)。兄シリウスの婚約者になって数年来、それらしい関係をとってきて、年も僕よりも三つ上の彼女は、名前で呼ぶよりも「義姉さん」と呼ぶ方がしっくりとくるのだ。
 けれどもここ数年、というより、シリウスがグリフィンドールに入寮してしまって以来その関係はいささかぎくしゃくとしている。
 未だ婚約破棄になっていないのはきっと親同士の間に何かしらの協定が存在しているからなのだろう。
 パーティ会場で見る義姉さんはいつも隣にいないパートナーを思いながら、会場の隅で壁の飾りになるのだ。

「義姉さん」

 今日も寂しそうに壁際に立つ義姉さんに声をかければまず彼女の口をついて出たのは兄の名前だった。

「シリウスは? やっぱり来てない?」

 わかりきったように苦笑して問いかけてくる義姉さんの目は、どこか寂しげに揺らいでいた。

「ええ、代わりに僕が」
「いつも悪いわね」
「いいえ」

 慣れたように手を差しだせば、乗せられる白いそれ。兄はこの手の柔らかさを知らない。
 ホールの中ほどまでエスコートして、その細い腰に手を回す。義姉さんとこうやってダンスのパートナーを組むようになったのはどれくらい前だろうか。
 初めの頃は身長も同じくらいで少々不格好だったけれども、今ではすっかり義姉さんのつむじが見えるくらいまで僕の背も伸びた。
 僕が成長するたび、兄に似ていくたびに、義姉さんの僕を見る目に兄を探している色を見るようになった。

「義姉さん」
「なあに?」

 今ではこうしてダンスの最中に会話をすることも出来るくらい、僕らは長く仮初のパートナーをしている。

「今度学校で行くホグズミード、一緒に行きませんか?」
「あら。私はいいけど、いいの? 友達は」
「義姉さんと行きたいんですよ」

 そう言えば義姉さんは小さく笑って「いいわよ」と了承してくれた。

「でも学校では義姉さんって呼ばないでね」
「どうしてです?」
「だって、何だか恥ずかしいから」

 わずかに眉尻を下げた義姉さんは、けれどもそんな表情をさせているのが自分なのだと思うと、兄の知らないその表情を前に、僕は優越感に浸れるのだ。

「ナマエさんって呼ぶと何だか他人みたいで嫌なんです」

 義理であっても姉と弟。そんな関係が長く続いて、感覚としてはもう本当の姉弟でいるというのに、義姉さんはやっぱりどこか一線引きたがる。

「そんなこと言われると、何だか妙な気分になっちゃうわ」

 一曲踊り終わるころには憂いに満ちていた義姉さんの目にも優しさと暖かみが戻っていて、僕の知っている、僕の大好きな面倒見の良い、優しい義姉さんがそこにいた。

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