初恋は叶わないというけれど


 中庭に設えられたベンチに腰かけたナマエは膝を抱え、膝頭に顎を乗せている。どこか遠くを見つめているようで、焦点の合ってない瞳はいったい何を映しているのか。
 目に見えて落ち込んでいるとわかるその様子に、チャーリーは心当たりがないともいえない状況で、けれども自分から声をかける気にはなれずに、黙ってナマエの横に腰を下ろしていた。
 中庭を横切っていく生徒たちはそれぞれで、楽しげにしている者やどこか神妙そうな顔で足早に通り過ぎて行く者、何ともない昼下がりをただ何ともなしに過ごしている者。
 そんな人々の流れをぼーっと眺めていたチャーリーの耳に、まるで独り言のようなナマエの声が届いた。

「……ビルが女の子と並んで歩いてるの見たんだー」

 相変わらずどこを見ているのかわからない視線の先は、何もない空中のようだった。

「今まで特定の女の子と二人きりなの見たことないのに」

 ぼそぼそと呟くナマエの声は不明瞭で、けれどもチャーリーの耳には確かに届いた彼女の主張。

「あー、それな」

 努めて何事もないような明るい声音で言うチャーリーに、ナマエの声は普段のものよりいくらかトーンが低かった。

「知ってるの?」
「うん、まあ」

 ナマエの柄にもない低い声音に、何とも言えない気持ちになりながら答えたチャーリーは、ようやく動いた彼女の視線の先が自分であるのに気付き、けれどもその瞳が問いかけてくるものに気まずさを感じた。

「……彼女?」

 まるで消え入りそうな微かな声で届いたその言葉は、認めたくないといっているようで、ナマエの目を見ていられなくなってスッと視線を逸らしたチャーリーは、けれどもそれは失敗だったとわずかに眉根を寄せた。
 ほんの一瞬険しい表情をしたチャーリーの変化を見逃さなかったナマエは、彼の視線の先を追い、そこにあったものに目を見張った。ビルが、いつか見た女の子と共にいたのだ。
 二人は落ち合ったばかりのようで、けれども挨拶のハグにしてはやけに親密そうなその二人の様子に、ナマエの表情がみるみるうちに曇っていく。
 ビルの手が女の子の髪に触れ、頭を撫でて、そしてそのまま引き寄せた女の子の顔に頬を寄せた。

「……付き合ってんだって」

 昼間から見せつけられる兄の恋模様に何とも言えない気分で、それでいてぶっきらぼうに零したチャーリーに、ナマエが小さく問いかける。

「……いつから」
「二週間、くらい前だったかな」
「なんで教えてくれなかったの」
「……」

 すでにビルたちのいなくなったその場所から、尚も視線を逸らせないままのナマエの横顔に、チャーリーは「なんでって、」と開きかけた口を閉じた。

「……おい」
「……っ」

 ナマエの肩に手をかけたチャーリーの手は、しかしすぐに空を掻く。スッと立ち上がったナマエがそのまま城に入っていく。垣間見えたナマエの横顔に、反射的に立ち上がったチャーリーは黙ってその背を追いかけた。

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