朝の匂い


 長期休暇中のホグワーツの朝は、いつのもそれよりも静かで、閑散としていた。
 大広間に並ぶ四つある長いテーブルも、今は一つだけ。それだけで足りてしまう程度しか生徒が残っていないのだ。
 程よい距離感を開けてそれぞれ席についている生徒たちと同じように、近くもない隣人との絶妙な距離感を保って席についているナマエを見つけて、チャーリーはその隣に腰かけた。

「おはよ」
「ん」

 ちょうど口に物を含んでいたナマエは短く返事をする。
 ナマエの方に足を向けないようにしたのはさり気なくの気遣いなのか、それとも何も考えていないのか、長いベンチを跨ぐようにして腰を落ち着けたチャーリーは早速と言わんばかりに朝食に手を付け始めた。
 普段は寮が違うため、こうして並んで食事をとることなどない二人の距離感は、けれども近すぎず離れすぎず。
 のんびりとした動作で食事を進めながら、合間にかぼちゃジュースを口に含みながら、ようやく最後のデザートにとテーブルに並ぶフルーツに手を付け始めたナマエは、ふと隣のチャーリーがすでに朝食を食べ終えているのに気付いた。
 男の子の食事は早い。それでいて多い量を食べているのだから驚かされる。
 適当に手繰り寄せたいくつかのフルーツたちをそっとチャーリーの前に持っていけば、チャーリーは黙ってそれを食べる。
 もう少し栄養のバランスを考えながら食べればいいのにと思いながら、半分にカットされたグレープフルーツを穿り返して食べていれば、やはり早々にフルーツも食べ終えたらしいチャーリーは手持無沙汰そうに頬杖をつき、上体をナマエの方に向けていた。
 食べるのに手間のかかるものを与えても、なぜかうまい具合にきれいに早く食べてしまうチャーリーは、早食いが得意なのかもしれない。そういえば兄弟が多くて食事時はいつも戦争だと言っていた気がする。そんな環境で育てば食べるのも早くなるだろうと考えながら、ナマエはグレープフルーツを口に含んだ。
 柑橘系の独特の甘さと酸っぱさ、爽やかな酸味に思わず緩む頬。
 頬杖をついたまま視線を寄越してくるチャーリーを視界に留め、しばし何かを考えたナマエはグレープフルーツを一口分スプーンに乗せると、それをチャーリーに差し出してみた。

「……そんな物欲しそうにしてた? おれ」
「違うの?」
「違うよ」

 くしゃりを笑ったチャーリーに、ナマエは差し出していたスプーンを自分の口元に移動しかけて、ふと伸びてきたチャーリーの手に動きを止めた。
 スッとナマエの下唇をなぞったチャーリーの指先。触れてくる親指の先の硬い部分を感じながらチャーリーの手が離れるのを待って「何かついてた?」と小首を傾げたナマエに、しかしチャーリーは小さく頭を振った。

「ん、触れたかっただけ」

 さらりとそんなことを言ってのけるチャーリーに、彼はまだ寝ぼけているのではないかと思案しながら、熱る頬を気にしながら、ナマエは小さく視線を泳がせてグレープフルーツを口に含んだ。

「どうする? 今日」
「ん、ホグズミード行きたい」

 課題の事など頭からすっ飛ばし、休暇を満喫するためにそう提案したナマエに、チャーリーは「いいよ」と短く返事をして笑った。
 じわりと広がった甘酸っぱさは、甘さだけ残して消えていった。

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