憑りつかれた魂
真っ白い空間の中で、一人の子供が泣き続けている。もう何度もみた光景だ。
初めのころはその子供に歩み寄ってみようと思ったが、何故だかいくら歩いてもその子供には近づけなかった。反対に離れようとしても、一定の距離以上は離れられなかった。
何度か見るうちに「ああまたこの光景か」と脳が理解して、その場でどうしようかと考えられるようになったことに気が付いた。意識のある夢。これは明晰夢だ。
何度も何度も同じ景色を見るものだからあの子供はきっと自分にとって重要な人物なんじゃないかと思う。しかし俯くその子供の顔はわからず、誰なのか見当がつかない。けれども懐かしさを感じるのは、これが夢で脳が勝手にそう解釈しているからなのだろうか。
あんなに泣いて疲れないのだろうか。
妙なことに思考が働き始めた。一定の距離を保ったままその子供を観察する。黒い髪で、あの髪の長さだときっと男の子だろう。白いシャツに、黒い半ズボン。紺のソックスにローファー。サスペンダーをつけていて、一見しただけで育ちのよさそうな子だと思うが、自分がいた環境の中ではあのような子供は多くいた。
肩を小刻みに揺らして、とても静かな泣き方だと思う。あの年頃の子供の泣き方ではないな、とも思う。きっと素直になれないんだろう。
そんなことをぼんやりと考えているとだんだんと視界がおぼろげになってきて、ああ、やっとこの空間から抜け出せると、そう思った。
「レギュラス……?」
「ん……」
瞼を押し上げると視界にナマエの顔が広がった。目覚め一番にこの光景は、少し辟易する。
「レギュラス、どうして泣いてるの?」
「え?」
目尻からこめかみにかけて触ってみると確かに濡れていた。
「分からない」
「大丈夫?」
普段見せないような心配した顔のナマエを見ると調子が狂う。寝転がっていたソファから起き上がると、何かが膝に落ちた。ローブだ。ナマエの。
「何か、悲しい夢でも見たの?」
床に膝をついた状態のナマエは、必然的にソファの上の俺を見上げる形になる。
「悲しい、夢じゃなかった」
「何度も見てる夢だ」と先ほどの内容を話せば、ナマエは「それって……」と口を開いた。
「自分自身、じゃない?」
「俺自身?」
「そんなわけない」と口にしようとしたが、いや、どうだろう。
「レギュラス、あなた、自分に素直になるべきだよ」
「……十分、素直だろ」
「ほら、いまだって」
俺が起きたことで空いたソファに腰を下ろしたナマエは俺の背後から腕を回してきた。ああ、人の温もりとはどうしてこうも落ち着くのか。
「……死喰い人なんてやめなよ」
「……」
「辛いなら辛いって言って。自分に嘘をつかないで」
自分の、奥底に仕舞い込んだはずの感情だ。蓋をして、決して開かないようにした。そうしなければ、ならなかったから。けれどもやはり、夢という空間では深層心理が働くのだろうか。だからあのような景色を、見るのだろうか。
「……そんなんじゃない。そんな簡単な事じゃ、ないんだ」
辛いと言葉にするだけで、この不安定な何かは決して消え去りはしない。もっと深くにあるそれは、もっともっと、やっかいなものだ。