感情など腐ってしまえ


 楽しそうに笑っている彼女の姿、僕以外の男と一緒にいる彼女の姿を見ると嫉妬で胸が苦しくなる。それでもそんな感情を抱く資格なんて僕にはなくて、ただただ握り締めた拳でこの狂いそうな嫉妬を抑えるしかなかったんだ。



 彼女には一度、告白されたことがある。長く一緒にいたし僕にもそういう気持ちはあった。けれども人狼という枷が僕の自由を奪う。

「知ってるだろう? 僕のことは」

 だから、と彼女を突き放したのは僕の方だ。酷い言葉も言ったかもしれない。そのときのことはあまり覚えてないけれど、彼女のあの苦痛に歪んだ表情だけは鮮明に覚えている。

「大丈夫だから、私は」
「今は大丈夫でもいずれ辛い選択を選ぶときがくる」

 僕の手を取ろうとしてくれた彼女の手を、僕は容赦なく払った。それでも歩み寄ってこようとする彼女を押し返し、拒絶は示したのは僕だ。そうすれば彼女があまりにも辛そうな顔をするから思わず「ごめん」と謝れば彼女はまた顔を歪めるのだ。

「……謝らないでよ」

 そう言ってそっと僕を抱きしめてくれた彼女のぬくもりはいつまで経っても褪せることなく鮮明に記憶されている。

「僕は、恋なんてしない」

 けれども、本音を言えば僕は彼女が好きだ。昔も、今も、きっとこれから先もこの気持ちは変わることはないだろう。恋なんてしないと言ったのは僕なのに、こんなに君に溺れてるんだ。



 時折僕に見せてくれるあの笑顔、僕を映してくれる瞳。満月が近づくとそれとなく気遣いを見せてくれる彼女。酷いことをいって突き放したのに変わらず僕と接してくれることにどれほど救われたことだろう。
 けれども彼女が僕以外の男に笑いかけるのをみると僕を好きだといったのは嘘だったのか、なんて理不尽なことを思ったときもあった。ああ、嫌だ、こんな醜い気持ち。こんな思いをするくらいならいっそ、いっそのこと……。


title by 四方山話
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