その優しさに包まれたい


 まずシリウスが大人しく椅子に座って羽ペンを握っているということがあまりない。そうしていたとしても内容はいたずらの計画であったり、よからぬものの開発であったりで、ろくなことはない。
 けれども今はそうではなくって、私の隣に座ったシリウスは教科書を睨みながら羊皮紙に文字を連ねている。さらさらとインクが線を描いていく様は美しいし、彼の字もまた然り。きっと幼少時にそれなりの教育を受けてきたからこその彼の美しい文字があるのだろう。彼は実家を嫌っているが、彼にこのように綺麗な文字を書けるようにしたり、些細なことにおいても紳士的な対応が出来るように教育したりしてくれたブラック家には多少の恩も感じる。まあ紳士的なのは家柄ではなく、英国人としての嗜みなのかもしれないけれど。
 日本人の私には筆記体で文字を書くのはいくらかの練習を要したが、イギリスで育った彼にはそれはごく当たり前の行為なのだろう。何の苦もなくそれを出来る彼らを少しばかり恨めしく思う。
 ふと休憩ついでにシリウスがどの辺りまで進んだのか横目で盗み見ると、すでに羊皮紙の半分以上を文字で埋めていた。そこに連ねられている文字は線を引いた上に書いたように歪みなく直線である。どうしてそんなに綺麗に書けるのだろうか。
 ちらりと見た彼の右手に、無意識のうちに意識を持っていかれる。綺麗な文字を書くその手も、美しい。男の子にこう言うのはおかしいかもしれないけど、その荒れを知らない手は羨ましいほどだ。
 筋の浮き出した甲、少しごつごつしていて大きな手。もちろん爪も綺麗な形をしていて、ついつい見惚れてしまう。シリウス・ブラックという男はどこまでも完璧である。

「どうした? さっきから手止まってるけど」

 彼の手元ばかりを見ていたから気が散ってしまったのかもしれない。そう問いかけてきたシリウスに私は少し躊躇ってから口を開いた。

「私、シリウスの手すき」

 羽ペンを置いて手持ち無沙汰になった彼の手に触れれば、シリウスは何がおかしいのか小さく笑ってその手で私の頭を撫でた。それがなんだかとても懐かしくて、思わず笑みをこぼす。

「なんだよ、いきなり」
「パパの手に似てる」

 けれども父とは違う、男の人の手。酷く安心する。「ホームシックか?」と笑いながら尚も私の頭を撫でるシリウスに、私は「違うよ」といいながら彼の手をとった。

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