キスの上達法


 大広間で騒がしく夕食をとっていると、突然目の前に座っていたリーマスが「そういえば」と声を上げた。

「ナマエって、キス下手だよね」

 いきなりそんな話を振られた私は思わず手を止めて彼を見てしまうのは至極当然のこと。

「……リーマスさん、何もそんなことをいきなりこんな場所で言わなくてもいいと思うのですが」
「だから、そういえばと思って」
「そういえばで私に醜態を晒させる気ですか」

 すました顔で糖蜜パイを食べながらカボチャジュースを飲むリーマスは「だって事実でしょ?」と言う。事実かどうか、私にはキスの上手い下手の基準が分からないからどう判断しようもない。
 そうやって言葉に窮しているとリーマスの隣でチキンを貪っていたシリウスが面白そうに反応をよこす。

「まあナマエって受け身そうだもんな」

「俺が教えてやろうか?」とニヤニヤと笑みを浮かべながら言ってくるシリウスをジトっと見てやればリーマスが「シリウス、それってもちろん冗談だよね?」と真っ黒な笑みを浮かべて言う。

「おう、冗談だ」

 何を見たのかシリウスは即答するとリーマスから顔を逸らしてまたチキンを貪る。何だあの根性なし。ヘタレめ。

「まあシリウスは女の子を喜ばせるためにそういうテクニックだけは上手そうだもんね」
「だけじゃねえよ」

 すかさず反論してきたシリウスはやはりプライドが高いようだ。「はいはい、シリウスくんは頭もよくて顔もよくて完璧だもんねー」と皮肉交じりに言ってやればシリウスは「フン」と鼻で笑ってどこか嬉しそうだ。このヘタレめ、実はエムだったのか。

「はい、これ」

 そう言って私にさくらんぼのヘタを手渡してきたリーマスの表情はなぜかとても綺麗に微笑んでいる。

「これをどうしろと」

 手に持ったヘタをくるくる回しながらふとあることを思い出して「まさか」と問えばリーマスはさも当然のように「舌使って結ぶんだよ」と答える。

「手っ取り早い練習法でしょ」

「でしょ」じゃないよ「でしょ」じゃ。

「これ絶対舌攣るよ」
「シリウスは五秒で出来るって」
「いや、さすがに五秒は無理だ。十秒よこせ」

 そういうとシリウスはノリよくヘタを口内に放り込むと口をもごもごさせながら頑張っている。
 十秒あれば出来るのかよ、と思いながら急かすように「じゅーう、きゅーう、はーち」とカウントダウンをしてやれば残り三秒で見事綺麗に結ばれたヘタをぺっと吐き出した。

「おお、さすが」
「余裕」
「五秒で出来たらそういいなよ」

 私の賛辞に天狗になるシリウスをすかさずリーマスが突き落とす。そんなリーマスに「じゃあお前、出来るのかよ」とは言わないシリウスは友人のことをよく分かっている。シリウスはただ理不尽に不満げな顔をするだけ。

「ほら、ナマエもやってみなよ」
「えー」

 めんどくさいな、と思いながらも口にヘタを放り込んで舌を動かしてみるがやっぱり無理。というかどうすればこのピンと伸びるヘタを舌で曲げられるのかも分からない。

「おい、ピーターもやってみろよ」
「え、出来ないよ僕」

 シリウスの誘いにそう言いながらもヘタを口内に放り込んだピーターは口をもぐもぐさせてから三十秒ほどしてヘタを吐き出した。
 諦めたか、と思って見遣ればなんとまあ結べているではないか。

「ピーター……」
「え、何その目」
「ううん、ただ純粋無垢だった弟がいつの間にかベッドの下にエロ本隠しているのを見つけた姉の気分になっただけ」
「え……」
「ナマエはしゃべってないでさっさと結びなよ」

 ピーターに物言いたげな目を向けられながら目の前の微笑みを絶やさない彼の視線に促され、口を閉じて舌を動かす。やっぱ無理だと思うんだけど。

「あれ、何してるんだい」

 リーマスと目を合わさないようテーブルに並んだものを見つめながら口を動かしていると、隣に座っていたジェームズが私の顔を覗き込んできた。

「ジェームズもやってみろよ」

 手短にシリウスが説明するとジェームズは「なんだいそんなのお安いごようさ!」と言ってヘタを口に放り込んだ。そしてものの五秒でそれを吐き出した。

「は、早くね……て出来てねぇじゃねぇか」
「舌攣ったみたいだね」

 言葉なくもだえるジェームズを見たリーマスは面白そうにそう言う。シリウスは「だせぇ」と笑いながらジェームズを見る。
 この流れではジェームズも簡単に結んでしまうと思っていたのに意外だ。仲間だ、仲間。なんて思っていると正面からのリーマスの視線がチクチクと私の肌を刺激する。

「まだ?」
「だから最初に言ったじゃん、無理だって」

 目の前で笑いながら私を見ているリーマスは絶対悪戦苦闘している私を見て楽しんでるんだ。

「リーマス、やってよ」

 試しにそう言ってみると「いいよ」と返ってきた。え、まじで、と思っている間にもリーマスはヘタを口に入れると十秒も経たずにそれを吐き出した。

「はい」
「……わあ」

 彼の手の平には見事に二つの結び目を作ったさくらんぼのヘタがあった。


(今夜は僕が直々にレクチャーしてあげるよ)
(遠慮させてくださいお願いします)

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