恋が終わるとき
※注意※
ユーリが地球で出会った女の子と結婚する話。
女の子は架空の人物。
ヴォルフラムがめちゃくちゃ可哀想です…なんでこんなの書いたんだ私。
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ユーリが眞魔国にやってきてからもう何年も経った。
民も王として、ユーリを信頼しており、僕から見ても少しは成長したと思う。
僕らの関係はあいも変わらず、婚約者兼、王とその臣下。
コンラートやギュンター、グリエにはお前を守るだけの剣術があり、兄上や猊下にはお前を支えるだけの頭脳がある。
けれど僕には、なにもなかった。
何時までも子供で、守るどころか、守られてばかりで。
ユーリは『そのままでいい』と笑ってくれたけど、僕は、僕自身に腹が立った。
無力な己を恥じた。
一向に変わらない関係をもどかしく感じなかったと言えば嘘になる。
でも、側にいるだけで幸せだった。
もちろんユーリにその気がないのは分かっていた。
だけど、婚約者という肩書きがあるだけで、僕はユーリの隣に堂々と在ることが出来たんだ。
だから、だからこそ。
このまま、何も変わらないでいて欲しかった。
だけど、
どんなに願ったって
変わらない日々など存在するはずもなかった。
ユーリが眞魔国に、女を連れてきたのはそう遠くはない話だった。
『俺、あの子と結婚するんだ』
いつものように、怒る気にもならないくらいユーリは幸せそうな笑顔で言った。
ユーリの言う【あの子】とは、髪が長く、どちらかといえば天然で。
眞魔国(こちら)のものとも、すぐに打ち解けていた。
その明るく、誰にでも優しいところがユーリによく似ていると思った。
『あの女が好きなのか?』
『うん』
ユーリは少し照れくさそうに、遠くにいる彼女を見つめた。
彼女との出会いや馴れ初めを、ユーリは語ってくれたが、僕はもう、冷静を装うの必死で、耳に入ってはこない。
『眞魔国のこと気に入ったみたいだな』
『うん、すっごく安心した』
ユーリが彼女に向けるその眼差しには、優しさや、彼女に向ける愛情を秘めていた。
僕はその瞬間心臓がぐしゃって潰れた気がしたけど、下唇を噛んで、堪えた。
『僕も、あの女は眞魔国の王の伴侶として、相応しいと思う』
『ヴォルフにそう言ってもらえると、あいつも喜ぶよ』
今のユーリは見た目だけでは僕より年上に見える。
彼はもう26歳だった。
そして、明日ついにまた、誕生日を迎える。
『では、僕らの婚約も正式に破棄だな』
僕は精一杯、さも気にも留めていなさそうに言ってやった。
ユーリは僕の態度に少し驚いたように目を見開き、困ったように視線を逸らしたが、やがてこちらに向き直り、『ごめんな』と、呟いた。
『謝ることなどない。あんなのはただの事故だろう。それより、グレタはお前の子だから、僕はもう父親ではなくなってしまうのは寂しいな』
泣いたら彼を苦しめることになる。
だから僕は冗談っぽく笑った。
苦しくて、苦しくて。
こんな思いをするならば、いっそ死んでしまいたいくらいだった。
グレタが、僕の娘じゃなくなってしまうからだろうか?
僕がアイツの傍に在る理由がなくなってしまうから?
正直よくわからなかった。
『グレタは俺とお前の子だよ。って男同士っていうのもなんか変だな…。いやでも、グレタがそれを望んでいるんだから!俺とお前の愛娘!!』
ユーリは笑った。
僕も笑った。
『ありがとう』と口を開きかけると、ユーリは彼女に呼ばれた。
『まってー!今ヴォルフと喋ってて……』
『行ってこい』
僕は遮るように、ユーリの背中を押した。
『えっだけど……』
『別に僕はもう要件は済んだ。だから、気にせず行ってこい』
『……うん!わかった。じゃ、また後で話そうぜ!!おーーーい!今行く!!』
ユーリは駆け出した。
大好きな人の元へ。
ユーリが僕から離れていく。
側にいるだけで幸せだった。
横で笑っているだけで幸せだった。
本当に僕の全てだった。
もう、なにも僕には残っていない。
27歳の誕生日、ユーリはついに正式に籍を入れた。
式は盛大で、異国からの客人もたくさん来ていた。
ギュンターはもっと取り乱すかと思っていたがしっかりと仕事をこなしていた。
それどころか、孫の晴れ姿を見るおじいちゃんのように嬉しそうにしていて、祝福できないのは、僕なのだと思った。
僕は人ごみに酔ったため、ちょっと外に出ることにした。
「想像より、しんどいものだな……」
一人になった安心感からか、思わず本音が溢れ落ちる。
満天の星空さえ、ユーリと彼女を祝福しているようだった。
どうにか乗り切れるつもりだったのに。
ユーリが楽しそうにしている姿が、隣で笑う彼女が、祝う民たちの声が、僕の頭にこびりついて消えない。
早く終わらないだろうか。
そう願っていると、僕の名前を呼ぶ声がした。
それは僕が世界で一番大好きな声。
「ヴォルフラムー!こんなところにいたのかよ!さ探したんだぞ」
披露宴の時は、あまり直視することかできていなかったが、漆黒の瞳に燕尾服がとてもよく似合っている。
「彼女は、いいのか?」
「ああ、うん。あっちでギーゼラ達と話してるからさ。それより俺、ここ最近バタバタしててあんまちゃんとヴォルフラムと話せてなかったかさ。と ゆっくり話したかったんだよね」
そう言って笑うと、ユーリは僕の隣に腰掛けた。
ユーリには申し訳ないが、僕は話したい気分にはとてもなれない。
………こんなはずじゃなかったのに。
こんなことなら多少の人混みなど我慢しておくべきだったな。
「そうか」
どうにか絞り出した一言。
不自然じゃなかっただろうか、と少しだけ不安になる。
でも、今はそのたった一言が精一杯だった。
僕も、祝福しなくては。
なのに、どうしても言葉に詰まってしまう。
「俺、魔王として自信なくてさ」
ユーリは、夜空を見上げながらポツリポツリと話し出した。
「そんとき、何度もお前に救われたんだ。へなちょこって、怒られるたびにさ。そうだ、俺はへなちょこ魔王なんだって。だから、へなちょこなりに頑張ろうって思えて俺がここまでやってこれたのは隣にお前がいてくれたからだよ」
そんなこと、言わないでくれ。
そんなこと言われたら、本当に泣いてしまいそうになる。
「……それでもユーリは……」
僕から離れていってしまうんだろう?と言いかけてやめた。
ユーリを困らせたいわけじゃない。
そうか、これは恋だったのだ。
それはもう狂ってしまいそうな程の思いは、どうすることもできないほどにまで募っていたのだということにはじめて気がついた。
「俺の傍にいてくれてありがとう」
へへっとユーリは照れ臭そうに笑った。
ああ、好きだなあと思う。
「僕は臣下なのだからお前の傍にいるのは当然だ。だけど、これから支えていくのは彼女だろう?」
しまった、皮肉っぽくなったか?と一瞬不安になったが、あまり気にしていないようだった。
僕の思いを知らないユーリは、
「もちろん、あの子は大事だけど。でもお前はお前でかけがえのない存在だよ」と笑った。
その笑顔が、あんまりにもいつも通りだからなんだかどうしようもない愛しさと悲しさと虚しさで、息ができなくなりそうになった。
僕はまた泣いてしまいそうになったので、右の拳を軽く握りしめる。
「これからも、宜しくな。相棒。信頼してるぜ」
漆黒の瞳が真っ直ぐに僕を捉える。
信頼という言葉が、僕の心を見透かしているような気がして、目を背けたくなった。
だけど、お前が好きだから。
せめて臣下として、友人としてでいいから側にたい。
嗚呼、こんな日が、来なければよかったのに。
自分にこんな真っ黒な感情が自分にあるのだと知らなかった。
でも、側にいるだけで幸せだったなんて嘘だ。
僕がどれだけ願っても叶わないことなんて、最初から分かっていた。
ユーリが初めて彼女を眞魔国に連れてきたとき、婚約破棄を申し出たとき、嫌だと泣いたらユーリは僕の元に戻ってきてくれるのだろうか、なんて。
弱くて、無力で、最低な僕は願ったりもした。
けれど今日の式で、皆に祝福されている二人があまりにもお似合いだったものだから、僕じゃどうにもならないって実感した。
欲しい。
そう望めば何でも手に入った。
高級な絵の具、美しいブローチ、豪勢な料理。
僕は特に末っ子だったから親兄妹には甘やかされてきたし、我が儘も言いたい放題してきた。
でも、お前に惹かれて。
初めて人の「心」が欲しいと思った。
そして、どれだけ願ったって、気持ちだけじゃどうにもならないことがあるということを知った。
「当たり前だろう」
僕の思いは、この降り積もる雪のように。
ゆっくり、ゆっくりと。
積もり、積もって。
いつか、溶けて無くなる。
(恋が終わるとき)
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