好きだから、敵わない



ぐぐぴぐぐぴと。
耳元で愛しい声がする。



「ん……」




定まらない意識のなか、目を擦りつつ天井を見つめると、そこは血盟城の俺の寝室で。
そっと視線を移すと、すぐ隣には寝息をたてる婚約者がいた。

えっと、なんで、ヴォルフラムと一緒に寝てたんだっけ……?

いくら思考を巡らせても、一向に思い出すことができない。
まあ、恐らく夜ヴォルフラムが勝手に潜りこんできたということで間違いないだろう。



しっかし、まぁ。




「これで男とか詐欺だろ……」

本当に整った顔立ちだなと改めて思う。
男のくせに睫毛は長いわ、腕は細いわ、脚は長いわ。
肌も白くって唇の形だって……。
思わずヴォルフラムの唇に視線をおとす。
キスしたいな、と衝動的に思ってしまった。
ごくりと唾を飲み、誰が見てるわけでもないのに、あたりをキョロキョロ見渡す。
そして、チュッと軽く唇を重ねた。

「……って何やってんだ!俺!」

寝込みを襲うのはさすがにフェアじゃない。
自分がこんなに我慢できない人間だとは思わなかった。
恥ずかしさと自己嫌悪で「ああ!」だの「うう!」だの一人悶えていると、うるさかったのかさすがのヴォルフラムも目をさました。

「どうした、ゆぅり……なにかあったのか?」

眠たそうなまぶたを擦りながらヴォルフラムは怪訝そうに眉を潜めた。

「あっ!いやなんでもないんだ!」

相当真っ赤に違いないであろう顔を横ぶんぶん振る。
ヴォルフラムは少し不思議そうにしつつも、「そうか…」と体を起こした。

「まだこんな時間か……」

ヴォルフラムは時計を見ると、ため息をつく。

「……寝たりない」
「もうちょい寝てたら?起こしちゃってごめんな」

申し訳ないなーと思いつつヴォルフラムに布団をかけてやると、俺は朝のジョギングの準備をはじめる。

「……行ってしまうのか?」

すると上目遣いのヴォルフラムが悲しそうな瞳でこちらを見ていた。

「え、まあ……」

昔、音楽の授業で習った名曲が脳内BGMになる。


ドナドナドーナドーナー。

捨てられた子牛……いや子犬のような目だ。
いや、これはもしかして、もしかすると俺に行ってほしくない、とか?
少しの期待を込めて、あえて無言でヴォルフラムを見つめると、どうやら俺の望んできた言葉をくれた。

「い、行くなユーリ」

そう言うと、ヴォルフラムは俺のパジャマの袖をギュっと掴んだ。

「……ううっ」

やばいやばいやばいやばい。
可愛い可愛い可愛いどうしよう。
えっ、俺にどうしろっていうの?
俺は半ば混乱状態。
この超天然、我が儘美少年は俺を幸せにする術を知っているらしい。
色々と耐え切れなくなった俺は、ヴォルフラムを思わず抱きしめた。
ヴォルフラムは驚いた顔をしたが、戸惑いつつ抱きしめ返してくれる。
その勢いで押し倒さなかった自分を誉めてあげたい。

「やっぱ行くのやーめた!!!」
「い、いいのか?」

俺の返事に驚きつつ、嬉しそうに目を輝かせてた。

「ああ!今日はお前とずっと一緒にいるよ!」

ヴォルフラムの腕に、ギュッと力が篭る。
コンラッドごめん。
男には時に友情より、大事なものがあるんだ。

しかし、埋めた顔を上げて、俺の胸を押し返すと、ヴォルフラムは「やっぱり行っていい」と小さな声で呟いた。
どうしたんだよ?と返事をする間もなく、ヴォルフラムは続ける。

「……我儘はもう言わないっと決めたんだ」

唇をぎゅっと噛みしめて堪えるヴォルフラムの姿がなんとも愛おしく、いじらしい。
俺はヴォルフラムの肩を掴むと、ゆっくりと息を吸い込む。
そして宝石のように濁りのない美しいエメラルドグリーンの瞳に向かって告げた。

「なあ、ヴォルフラム。男はさ、好きな子から我儘言われるのって案外嬉しかったりするんだよね……」

覚悟を決めたものの、やっぱり後半照れくさくなってしまって、少し視線を斜め上にずらす。
一息ついて視線を戻すと、ヴォルフラムが目を潤ませていた。

「ユーリ……」
「な、なんだよ!」
「行くなへなちょこっ!」

ふいに抱きつかれて俺は体制を崩す。

「いってぇ……」

ベッドの角で思いっきり頭を打った。
でも隣であんまりにも嬉しそうに笑うヴォルフラムを見ていると、なんだかなんでも許せてしまう。

だからこそ俺は、

「ユーリ、大好きだっ」

こいつには一生敵いそうにもない。







end





 
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