婚約者以上、恋人未満



「あーーー!よく働いた!」

大嫌いな執務から解放された有利は、意気揚々と部屋に戻る。

(しかし、思っていたよりも長い時間拘束されてしまった。年中無休で汁出してるおじいちゃんも、こういうことに関しては厳しいんだから。)

まあ、それもこれも有利がこういった作業を率先してやるタイプじゃない(つまり集中力がない)のが原因なのだけど。
なんだか一日中室内にいたので、どうにも体が鈍っている気がしてしまった。
だからといってこの時間から何かするわけにもいかず、有利は今日は大人しく寝ることを選択した。

部屋のドアを開けて、ベッドに直行する。
血盟城のベットは、渋谷家のベッド寝心地とは全く比べ物にならない。
是非とも地球に持って帰りたいところだが、どう考えても渋谷家から風呂場にこの巨大ベッドは入らないだろうから断念したのである。

(やっぱ、キングサイズは最高だよなあ。)

なんてことをぼんやり考えながら、ベットに寝転がろうとすると、暗闇から寝ぼけたような間の抜けた声が聞こえてきた。

「煩い。いったい何時だと思ってるんらー?」
「ヴォ、ヴォルっ……」

有利はは思わず叫びだしそうになった口を塞ぐ。

(なんでここにいるんだよ!)

「いやいや自分の部屋で寝ろよ!」

小声で反発するものの「ぐぐぴ、ぐぐぴ」としか聞こえてこない。
どうやら、もう完全に寝てしまったらしい。
ヴォルフラムが勝手にベッドを占領してしまうことは、日常茶飯事なので、こうなると彼が絶対に起きてこないことを有利は知っていた。

「ったくもう!しょうがないな!ほら、ちゃんと布団に入ってないと風邪ひくって……」

いつものように、布団をかけてやろうと立ち上がったその瞬間、有利は婚約者の酷く乱れたネグリジェを目にした。
上も下もあとちょっとで見えかかっているというなんとも際どい状態。
直してあげるべきなのだろうけれど。

ちょっとだけ。ちょっとだけもったいないような……なんて、うっかり思ってしまったのだ。

(っておいおいおい。どうした、渋谷有利原宿不利。相手は男だぞ!男同士なんだから、そんなこと下心は絶対ありえない!)

誰に聞かれてるわけでもないのに、つい自分に言い訳してしまう。
そしえ次の瞬間、ヴォルフラムがぐるりと寝返りをうったことで、ネグリジェは余計に乱れた。

「ああもう……っ!」

もはやここまでくると確信犯ではないのだろうか。
結局どうすることも出来ず、ヴォルフラムに布団をかける。

「おやすみなさい!」

そして赤面した顔を隠すように自分も布団に潜った。


(……目が冴えて全然眠れなかったけれど。)



+++


この日の晩を境に、有利はヴォルフラムに会うのが少し気まずいと感じるようになっていた。
彼が可愛くてキラキラして見えて仕方ないのだ。
いや、彼の顔立ちはもともと女の子よりも可愛い美少年ではある。
しかし、だとしたらサラレギーだって美少女に見える綺麗な顔立ちだ。
しかし、ヴォルフラムに対してはそれ以上にフィルターがかかってしまうのだ。
声を聴くと胸が締め付けられそうになって目をあわせるだけでドキドキして傍にいるだけでクラクラする。

「ユーリ!ユーリ!!」

有利を探し回るヴォルフラムの声が血盟城に響き渡る。

(――まずいっ!)

有利は思わず、クローゼットの中に身を潜めた。

「…ここにも居ないのか?まったく、何処に行ったんだ?!あのへなちょこ……」

「へっ―」

“へなちょこゆーなっ”

いつものノリでうっかり言い返しそうになってしまった。
慌てて息を止める。
なぜ逃げる必要があるのかはわからないけれど、次ヴォルフラムと顔を合わせたら、とんでもないことを口走ってしまいそうで怖い。

「……?居るのか。ユーリ」

まだ心の準備ができていない。
お願いだから早く出てってくれ!と、心の中で強く願った。

「いないのか……」

有利の願いが通じたのか、小さくため息をつくと、ヴォルフは部屋を出て行った。

(よかった、行ってくれた。)

「………どうしよう」

有利は、呟く。
それはとっくに、友情だけでは済まされない感情なのだということは、もうわかりかけていた。


(ただ認めてしまうのが怖いだけ)
(俺たちの関係は、婚約者以上、恋人未満)

+++

有利がヴォルフラムのことを避け出してから2週間程の時が過ぎた。
最近、ヴォルフラムは以前のように有利のベッドに潜り込むこともなくなっていた。

(自分で選んだのに、寂しいとか思うのは、我ながら相当勝手だな……)

有利は長い執務を終えて、部屋に戻る。
ベッドにこしかけようとすると、そこにはいるはずのない婚約者の姿があった。

「ど、どうして」

久々にまともに顔を合わせたので、言葉が出てこない。
有利がたじろいでいると、ヴォルフラムはすうっと息を吸い込んだ。

そして、

「ユーリ、僕を抱いてくれないか?」

とんでもないことを言ってきたのだ。
唐突に投下された爆弾発言に、有利は一瞬思考が停止した。

「じょ、冗談キツイって!」
「冗談などではない。僕は本気だ」
「や、だって俺たち男同士だろ……」

いつも通り受け流そうとしたけれど、いつになく真剣なエメラルドグリーンの瞳に捕らわれて、有利は言葉に詰まる。

「……ユーリ、お願いだ……」

縋るようにヴォルフラムは有利の唇を塞いだ。
すぐに中に熱いものが入ってきて、しかもそれが妙に上手くて、有利は驚いた。

(もしかしてヴォルフラム、こういうの初めてじゃないのだろうか。)

なぜか胸がチクリと痛む。
二人きりの部屋には水の音だけが響き渡る。
有利も最初は戸惑っていたが、いつの間にかその快楽に溺れていたことに気がついた。

「……んっ」

まずい。
このままだとそちら側に流されてしまう。
有利は理性を抑えようと、ヴォルフラムの胸板を押し返す。

「……しないのか?」
「す、するもなにも俺たちは男同士で……」
「僕にとっては、そんなの関係のないことだ」

そういうとヴォルフラムは胸元のボタンを外しながらじりじりと迫ってきた。

(こんなの、明らかに様子がおかしい)

「どうした?」
「……っ……」

問いかけると、ヴォルフラムは何かに怯えたように、泣き出しそうな顔をした。
(そんな顔をさせたいわけじゃない。)

「どうしたんだよ……」

壊れ物を触るように、有利はヴォルフラムを抱きしめていた。

(……ってなにしてんだ?俺。相手は男だぞ?)

「こっこれは!なんつーか!ホラ!!友情の!熱いハグてきな!?」

笑って誤魔化してはみたけど、内心かなり動揺していた。
抱きしめているヴォルフラムに聞こえてしまいそうなくらい、心臓がうるさく鳴り響く。

「僕は、ユーリが好きだ。友人としてだけでは我慢できない。本当に大好きなんだ……」

コイツらしいド直球な告白が、真っ直ぐ有利の突き刺さる。
ヴォルフラムは本気なんだ。
有利は戸惑いながらも、ゆっくりと頷く。

「求婚にお前の意思が無いのも、本当は最初からわかっているんだ……」

俺が反応する前に、ヴォルフラムは続ける。

「最近、お前が僕のことを避けているということはもわかっている」
「ヴォルフ……」
「諦めが悪くて、気持ち悪い思いをさせてしまってすまないな。」

ヴォルフラムは笑っていた。
もはや全てを諦めているみたいな瞳だった。

「これは、僕の我が儘なんだ。自分で思っていた以上に欲深い人間だったんだ。だから……」
「……俺……」
「お前は僕のことなど気にせず今まで通り笑ってればいい」
「お前、何言って……」
「さよならだ、ユーリ」

(さよなら……?さよならって、婚約破棄ってことか?)

胸がざわざわする。
有利は自分自身が想像していた以上に動揺していることに驚いた。

「ヴォルフラム。俺まだ何も」

(言ってないじゃないか。なんで勝手に全部決めちゃうんだよ。)

言いたいのに、言葉が出てこない。

「婚約破棄だ。2度目の、婚約破棄。今回は正真正銘。当人同士の意思も合致しているぞ」

(俺、本当は……)

「ああもう!!勝手な事言ってんなよ!」

気がついたときには、有利はヴォルフラムの左頬を叩いていた。
『パァンッ』といい音がしたと思うと、ヴォルフラムは驚いた顔でこちらを見つめている。

「ユーリ……?」
「もう一度求婚だ。ヴォルフラム」
「……っ」

やっと自分の気持ちに素直になれた気がする。
今回は当人同士の意志も合致さてるぞ、と付け加えるとヴォルフラムは相当驚いたらしく、口をぱくぱくさせたまま、放心状態である。

「ごめん。俺、へなちょこだから。ただ、お前を好きって認めてしまうのが怖かっただけなんだ」

有利は素直な思いを溢した。
ヴォルフラムは相変わらずぼんやりとしていた。

「僕のこと、が好き……?」

口にしてやっと、言葉の意味を理解したのか、ヴォルフラムは途端に顔を真っ赤にさせる。
そして、逃げるようにベッドの中に潜り込んだ。

「ど、同情なのか?」
「同情でこんな事言えるほど器用な人間じゃないってこと、知ってるだろ」
「ユーリが不器用でへなちょこなのは知っている!……だか、信じられないんだ。夢みたいで」

ヴォルフラムは布団からもぞもぞ顔を出す。
それが妙に可愛らしくて有利は笑ってしまった。

「ほんと俺、自分の気持ちにすら気がつかないへなちょこでごめん」

追いかけられる事が、そばにいる事があたりまえになっていて、婚約破棄宣言されかけたときあんなに嫌だなんて思いもしなかった。

「……僕を」

ヴォルフラムは小さな声で呟いた。

「僕を、ちゃんと愛さないと許さないからな」

ヴォルフラムは涙目真っ赤だった。
その姿があまりにも愛らしくて有利はまた心臓をつかまれたような感覚に襲われる。

「お前、ほんと、可愛過ぎ……」

これで無自覚なのだから怖いと、有利は思わず頭を抱える。
やっと自分自身の気持ちに素直になれて、なんだか肩の力が抜けた気がした。
ふと先程のキスのこと、ヴォルフラムの「抱いて欲しい」と言う言葉を思い出した。

(さっきのじゃ、カッコつかないよな)

どう考えてもやられっぱなしだ。
有利は拳を握り、覚悟を決めた。

「ヴォルフラム、俺っ……!」

しかし、

「ぐぐぴ……ぐぐぴ……」

(……寝てるんかい!)

こんな状況で眠れてしまう、ヴォルフラムを一周回って尊敬してしまう。

「まあ……でも」

そういうところも含めてたまらなく愛しいと思ってしまう。

「おやすみヴォルフラム」


そうつぶやくと、有利もそっと目を閉じた。






end
 
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