素直になれば



今日は2月14日。
日本の男子にとっては年に一度の大行事だ。

教室で喋っていた友人が突然どっかに消えたと思ったら、満面の笑みで帰ってきたり。
隣のクラスの奴と貰ったチョコの数を競ったり。
チョコ地獄に悩まされたり。
「ホワイトデーどうしよう」って頭を抱える贅沢な奴までいる。

まあ、当然彼女いない歴イコール年齢の俺にとっては、毎年ただの平日でしかないわけで。
今年も特に欲しい相手も、貰えそうな相手もいないので、眞魔国スタツアしたのだ。
断っておくとバレンタインに対して、そもそも俺は興味ない。
だからバレンタインブームから逃げたわけではない。決して。

「……モテたいなあ」

血盟城の自室でうっかりぼやいてしまい、後になってからしまったな、と思う。
ヴォルフラムが横で腰掛けていたのだ。
きっと「浮気者」だの「尻軽」だのいつもみたいにギャーギャーと騒ぎ出すに違いない。
参ったなあ……と思いつつ、覚悟を決めて目を瞑る。


……。
…………。
反応がない。

「も、モテたいなあ〜」

聞こえてなかったのかもしれないと、俺はあえて地雷を踏んでみる。

「ユーリ、うるさいぞ。少しはおとなしくしていられないのか?」

しかしヴォルフラムはというと、特に気にも留めないそぶりを見せた。

なんか、反応薄くないか?
去年とかはもうちょっとこう、うるさかったような。

「なんだ、僕の顔に何かついているか?」

ジッと見つめていると、ヴォルフラムが不思議そうな顔をする。

「いや、その……な、なんでもない!」
「なんだ?変な奴め」

ヴォルフラムは首を傾げると、読書を再開した。
いやいやいや、絶対におかしい。
ま、まさか今日がなんの日か分かってない?
ヴォルフラムのことだからてっきり何か準備してくれているものだと思い込んでいたので、拍子抜けしてしまう。
ここだけの話、最近彼が俺に示してくれる好意を少しだけ嬉しいと感じるようになっていた。
だからこそ、今年はヴォルフラムからのチョコレートを楽しみにしていた、なんてことはなかったこともなかったこともなくて……。

……。
………。
…………。


だめだ。なんだか猛烈にモヤモヤしてしまう。
この際ハッキリさせてしまおう。

「ヴォルフ!!今日何の日か覚えてるよな!?」
「ああ。地球では、ばれんたいんだったな」

……って覚えてんのかよ!
俺は心の中で突っ込む。 
しかし、ヴォルフラムは「それがどうした」とでも言いたげにこちらを見つめた。

「バレンタインってどんな日か知ってるか?」
「知っている。好きな相手にチョコレートを渡す日だったな」

と、答えるとまたヴォルフラムは読書を再開し始めた。
えっ、えっ、なんだよその反応。
心底どうでもよさそうじゃんか。
いつもは尻軽たの浮気者とかいうくせに。
なんだ、これ。地味にちょっと傷ついたぞ。

つーか、なんでちょっとガッカリしてるの俺。

「ああもう!今日の俺、変だ!」
「なんなんだ。さっきから様子がおかしいぞ。もしかして、つんでれきゃらというやつか?」
「違う!!ていうかヴォルフ、お前がどうしてツンデレとか勝利みたいな言葉知ってんの?!つーか、ツンデレキャラはお前だろーが!」
「ゆ、ユーリ!いっぺんに色々突っ込むな!」
「ああもうっ!なんで俺にはくれないんだよ!!」
「何をっ」
「チョコをっ」

俺が勢い余って、返事をするとヴォルフラムは少し困ったように、悩んでいるように瞳を揺らした。

「ご、ごめんヴォルフ、別にお前を困らしたいわけじゃなくて……」

急に我にかえって恥ずかしくなる。
たかがチョコにそんなに必死になって、俺はどうかしていた。
けれど、なぜかヴォルフラムのチョコが特別に欲しかったのだ。
理由はわからないけれど。
そんな俺に見かねたのか、何かを決心したように、ヴォルフラムはこちらを見つめて言った。

「期待に添えなくて申し訳ないが、今年はチョコではないんだ……」 
「えっ?」

チョコではないってことは、チョコ以外のものはあるのか?

「チョコ以外って?」

俺が聞き返すと、ヴォルフラムはもじもじと言いにくそうに俯いた。
そして、顔を真っ赤にさせてとんでも無いことを言ったのだ。

「その、えっと………ぼ、…僕自身、だ……」

僕自身ってどういうことだ?
思考が一瞬停止する。
いや、まさか。
とりあえず、妙な空気から抜け出したくて、「俺たち男同士じゃん!」と、毎度恒例のツッコミを入れてみる。
しかし、ヴォルフラムの真剣な瞳は揺らがなかった。

「ユーリ好きだ」

ヴォルフラムがこちらに近づいてくる。
今まで好意を示す言葉はたくさん貰ってきたが、いつもより、真剣味を帯びているヴォルフラムの様子に、どうしたら良いのかわからず、頭が真っ白になってしまった。

「い、いや、流石にそういうのはまずいんじゃ……」
「猊下が言っていた。これがユーリが一番喜ぶことだって」

またお前かよ!
毎回毎回余計なことばっか吹き込みやがって!

「う、で、でも……」

鼓動が上がり、言葉に詰まる。
うまく返事ができない。

「今日は僕のすべてをお前にやる」

そう言うとヴォルフラムはさらに距離を詰めてくる。
そしてヴォルフラムは自分の服を脱ぎ始めた。

「待て、待てって!」

俺は目のやり場がなくて、困ったように辺りを見渡した。
どうしよう。
ヴォルフラムの白い肌がやけに色っぽい。
触れてみたいと思ってしまった自分に驚いた。
確かにコイツは女の子以上に可愛い美少年だけど男同士なわけで。
というか、男女とか関係なく、絶対に色々順番を間違えている。


「ユーリ覚悟を決めろ!」
「無茶言うなっ!」
「何故だ?!」
「俺たち男同士だろ?!」
「別に平気だ!」
「ぜってー無理だって!嫌だ!」

ジリジリ迫ってくるヴォルフラムからどうにか逃げたくて体を突き返した。

しん、と部屋が静まり返って、時が止まったかのような感覚に陥る。
思わず瞑ってしまった目を開いて顔を見上げると、瞳に映ったヴォルフラムは、今にも泣き出しそうな顔をしてきた。
もしかして、俺、今ヴォルフラムを傷つけた?

「ごめ……、そういうわけじゃ……」
「いや、僕もすまなかった……」

ヴォルフラムは乱れた服を整えた。
気まずい空気が流れる。
俺はなぜだかすごい胸が苦しくなった。
罪悪感とは違うんだけど。
なんだろ、これ。

「あの、あのさヴォルフ……」
「実をいうと、チョコレートの方も用意していたんだ」

俺の言葉を遮るようにヴォルフラムは微笑むと、机の引き出しから小さな箱を取り出して、こちらに差し出した。

「ユーリ、大好きだって……あれ……おかしいな……」

その瞬間、ヴォルフラムの目からひと粒、涙が零れ落ちた。

「あっいや…すまない、あの……なんでもなくて」

こんなときでもヴォルフラムは俺に心配かけないように必死だ。
それに比べて、俺は。
俺、本当はバカだ。

「ヴォルフラム……!」

俺は後先考えず、ヴォルフラムを抱きしめていた。
あの時、ヴォルフラムがどんな思いで自分を捧げることを決心したのかと思うと俺はやりきれない後悔に襲われる。

やっとわかった。
甘酸っぱい感情の意味が、今ならわかる。

カッコつけてたってどうしようもない。
なんせ、俺はへなちょこだから。

「ど、どうしたんだ、ユーリ」

チラッと顔を見ると泣いていたはずのヴォルフラムはとても顔を真っ赤にさせていた。
なんでだか、もの凄く、可愛くみてしまう。
自分の感情に戸惑いつつ、俺ははヴォルフラムを抱きしめたまま、続けた。

「ごめん。本当はすっげー、嬉しい」

認めてしまうのが怖かった。
男同士じゃん、なんて言いながらこの関係を心地よいものだと思っていた。
ただ、先に進むのが怖かっただけ。
先に進んでしまったら何かが変わってしまう気がしたのだ。

「ぼ、僕に気を使っているのか?」
「んなわけないっつの!」
「じゃあ、どうして……」
「なんか、俺、思ってたより、お前のこと大好きだったみたい」

照れ臭くて、笑ってしまう。
自分自身さえ、気がついていなかった本当の気持ち。
俺の言葉に、ヴォルフラムは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出してしまった。
だめだ、もう、そんなところさえ猛烈に愛しくてたまらない。

「気がつくのが遅いぞ!このへなちょこ!」

ヴォルフラムは子供みたいにわんわん泣きながら俺の胸をポカポカ叩いてくる。
ああ、認めてしまえばこんなに楽だったのか。

「ほんと、へなちょこでごめん。でも、そんな俺を好きでいてくれて、ありがとうな」

俺がそう伝えるとヴォルフラムは顔を更に真っ赤にさせてしまった。
可愛いなあ、なんて思っていると、

「……あたりまえだ。へなちょこなところをひっくるめて愛してやれるのは僕だけだ」

今度は俺が真っ赤になる番だった。

+++

結局その夜、何かあったかというと、とても健全な一夜を過ごした。
そりゃ、もちろん男の子なので、そういう展開に持って行きたくなかったかと言われれば嘘になる。
しかし、単純に村田の思惑通りなのが癪に触るのと、こういうのは、俺から頑張りたいという、男の小さなプライド。
第一、全てをくれると言っていた当の本人が、その意味合いをちゃんと理解できているのかも怪しいところだった。

ヴォルフラムが隣でぐぐぴぐぐぴと寝息をたてているあいだにさっきヴォルフラムのくれた形の悪いチョコを頬張る。

「うまっ」

見た目通り結構甘くって。
俺は笑顔が溢れた。
バレンタインがこんな幸せな日だって知らなかった。

「これからもずっと、こんな俺と一緒にいてくれるか?ヴォルフラム」

そう問いかけると、寝ていたと思っていたヴォルフが当然のことのように返事をした。

「当たり前だ、このへなちょこめ」
「起きてたのかよ。つーか、へなちょこ言うな」

たわい無いやりとりさえ、幸せに思えて、この時間を大事にしたいと思った。
俺たちの距離はなんとなく近づいて。
触れるだけの、キスを交わした。


end



 
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