たまには我儘だって



「なあヴォルフラム〜」
「……」
「なあなあ」
「……」
「なあってばっ」


よく晴れた昼下がり。
なにか悪戯を思い付いたような笑顔をみせながら、僕の大好きな婚約者がこちらにやってきた。
ユーリが僕の部屋にやってくることは珍しいので、少しだけ嬉しくなる。
僕はついニヤけてしまいそうな唇をキュッと締めると、読んでいた本を閉じ、少しだけ仕方なさそうな素振りなんかも見せながら「なんだ?」とユーリの方に向き直った。

「お願いしてもいい?」
「お願い?」
「そ。お願い」

ユーリが僕を頼ってくることなど殆どない。
だから聞いてやってもいいって思ったし、僕を必要としているのだと少し嬉しくもあった。

「僕に叶えられることなのか?」
「うん。簡単なお願いだよ」
「仕方ないな。言ってみろ」
「さっすがヴォルフ!!……じゃあお言葉に甘えて」

そう言うとユーリはニヤリと微笑む。
何か嫌な予感が……。
そう思った時にはもう時すでに遅し。
ユーリのお願いは、僕の想像の斜め上をいくものだった。

「好きって言って欲しいな」
「……はぁ?!」

僕は驚きのあまり持っていた本を床に落としてしまった。
ユーリは僕の本を拾い上げ、パラパラめくると「難しそうなの読んでるんだなぁ」と感心したように呟いた。
どうしてしまったんだ、一体。
まさか暑さでやられたのか?!

「口下手だもんな、ヴォルフラム。難しければキスでもいいよ?」
「ば、バカっ!そんな恥ずかしいことができるか!」

余裕そうな笑顔がひどく腹立たしい。
ここ最近のユーリは、出会った頃のへなちょこからは想像できない、少し意地の悪いところがあるのだ。

「我儘、聞いてくれるんだよな?」

有無を言わさないという笑顔で、僕の肩をがっしりと掴んでいる。
なんだこの気迫は。
これが魔王本来のオーラなのだろうか。

「っ――!」
「はーやーくー」

僕が「そんなの無理だ!」と叫ぶとユーリはちょっと拗ねたような声色になる。

「まさかヴォルフ俺のこと嫌いなの?」

ユーリはずるい。
そんな、子犬のような目で僕を見るな。
そんな目をされてしまったら、僕はもう敵うはずないのだ。

「そんなの嫌いじゃないに決まってる!」
「嫌いじゃないならなんなんだよ」

悪戯っぽく笑うユーリに、少しドキッとする。

「僕の気持ちなど、わかっているくせに」
「言ってくれなきゃ、わかんない」

どうやら許してくれなさそうだ。
観念した僕は、ユーリの方に向き合って、一つ深呼吸をする。
そして。

「ゆ、ユーリ、その、だ…大好きだ」

接吻なんか出来るはずもなくて、僕はうつむきがちに呟いた。
とても顔なんか見られそうにない。
恥ずかしさで顔から火が出そうになりながら、ユーリの反応を待つ。
だが、僕がこんなに頑張ったというのに、ユーリは何も返事をしない。
「な、何か言え!」と顔を上げる。

ユーリは満足そうに微笑むと

「上出来じゃんっ」

そういって僕の腕を掴み、引き寄せると唇をそっと塞いだ。
「んっ…!?」
ユーリの接吻は、最初は触れるだけのものだったのに、次第に深いものになっていく。
こういうのは、慣れない。
何度か接吻を重ねた後、ユーリは満足げに「充電完了!」と笑った。
そして、「午後も頑張ってくるな!」と僕の頭をぐしゃりと撫でると嬉しそうに部屋を出ていった。

「なっ!!!!!」

結局接吻もするんじゃないか!嘘つき!と心の中で叫ぶ。

「ふ、不意打ちなんて卑怯だぞ…!」

僕は鳴り止まない心臓をどうにか抑えようと水を飲んだり、ベッドにダイブしたりしてみるけれどなんにも役に立たない。

「我儘ユーリめ……」

到底読書を再開する気にもならないのだった。


end


 
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