花火大会
いつもどおりの昼休み。
普段ならヒデと追いかけっこをしているはずだけど、今日は違う。
珍しく俺は、きちんと仕事を終えているので文句なしの状態なのだ。
「よっ!」
早速目的の郁ちゃんに会いに会計室に直行した俺は、意気揚々と扉をあける。
「あっ、ああ!丹羽か」
いつもなら「来るな気が散る!」とか「仕事はどうした!」など暴言を吐くはずなのに、今日の郁ちゃんは俺を見るなりガタガタっと慌ててパソコンの画面を閉じ、ニッコリ微笑んだ。
「あれ。郁ちゃん、なんか慌ててない?」
まあ笑顔は可愛いけど。
「ま、まさか!そ、それより丹羽。何のようだ?」
「あー、そうだった。郁ちゃん。今度の日曜暇?」
「にっ、日曜?!」
ガタンっと勢いよく立ち上がると郁ちゃんは「ひ、暇だ!」と全力で頷いた。
「ならさ、俺とその……。夏祭りいかねぇ?」
俺の顔は今多分、真っ赤だと思う。
なんせ、初のデートのお誘いだ。
緊張もする。
「あっ、その。ま、まあたまにはそう言うのも悪くはない」
郁ちゃんはぐるんっと俺に背を向けるとうつ向いた。
嫌、なのかな。
「あの、嫌なら別に無理にとは言わねえし。郁ちゃんが良ければなんだけど」
俺がそっと付け足すと郁ちゃんは今度はこちらに向き直り、今にも掴みかかりそうな勢いで叫んだ。
「嫌なんて言ってない!」
「お、おう」
あまりにもキッパリと言われたため俺は少し怯みつつ、頷く。
どうしても信じられなくて、ほっぺたをつねってみた。
ちゃんと痛い。
……ということはこれは夢じゃなくって。
本当に、郁ちゃんとデートできるんだ。
「嬉しいけど、郁ちゃん。さっきあわててなにをかくしたんだ?」
「な?!な、何も隠してなどいない、別に夏祭りのサイトなんて見てな……に、丹羽。なぜ笑ってる!見てない、見てないんだからな!」
+++
そんなこんなでついに夏祭り当日。
案の定俺は緊張しまくっていた。
ああ、どうしよう。
ドキドキする。
浴衣とか着てくるかな?
なんて、淡い期待を抱きながら約束より大分前に待っていたりして。
啓太と遠藤が言うに相当ニヤニヤしていたらしい。
ああもう!
これでは完璧不審者じゃないか。
あくまで冷静に。
冷静に……。
れい……。
「って……できるわけねーっつーの!!!」
俺が叫んだその瞬間、怪訝そうな瞳で郁ちゃんが俺の名前を呼んだ。
「丹羽、頭大丈夫か?」
「お、あッ!か、郁ちゃんッ」
残念ながら浴衣ではなかったけど、俺は来てくれたことに嬉しさを隠せない。
にやけてしまいそうな唇を必死に噛んで堪えた。
「い、いくか!」
「そうだな」
郁ちゃんはめずらしくふわりと微笑むと、すたすたと歩きだす。
俺も追いかけるように歩き出した。
++++
「すっげー人」
「まぁ、想像はしていたがな」
どこを見回しても人、人、人。
はぐれてしまったら、二度とめぐりあえそうにない。
「んで花火まで、まだ時間あるけどどうする?」
「……丹羽、私についてこい」
ふいに郁ちゃんがひとけのない方へ向かって歩きだした。
思春期の俺は当然そっち方面を期待しちゃうわけで。
(……わかってはいるんだけどな)
郁ちゃんが俺を嫌い。
そんなのわかっているはずなのに。
今日の郁ちゃんを見ていると、なんだか可能性が0ではない気がして。
「……よし!ついた!」
「こんなとこがあったのか……」
お祭り騒ぎの表通りとは打って変わって、静かな場所。
しかし、花火を見るには絶好の場所だった。
「丹羽に、見せたくて」
郁ちゃんはそう言って満足げに笑う。
その様子が本当に可愛くて。
どうしよう、俺。
本気で、郁ちゃんが欲しい。
「郁ちゃん――……俺」
「どうした、丹羽?」
「……きなんだ」
「……え?」
「好きなんだ――……」
その瞬間、一発目の花火が打ちあがる。
暗くて郁ちゃんの顔が見えなくて。
不安だったのもつかの間、郁ちゃんが「私も、だ」なんて可愛く頷くから。
好きで、好きで。
俺は、たまらなく愛おしくなったんだ――……。
「キスしたい」
「えっ……?!で、でも花火が……!」
「――……駄目?」
「っ……駄目、じゃない//」
重ねた唇から伝わる、思いに。
男らしくないけどなんだか泣きそうになって。
ああ。こういうのが幸せっていうんだろうなって思った。
「……大好きだ」
「俺も」
なあ、郁ちゃん。
また来年も、再来年だって一緒に花火にこよう。
俺は空いていた郁ちゃんの右手をそっと握りしめた。
end
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