君に夢中



最近の俺はおかしい。
桃先輩に声をかけられるとドキドキするし。
二ケツさせてもらうと、胸の奥がギュっと締め付けられるような感覚に陥る。
先輩の一言で一喜一憂して。
馬鹿馬鹿しいこの感情をどうすればいい?


「はぁ……」

少し頭を冷やした方がいいのかもしれない。
俺はだいたい男で。
男が男の先輩意識するとか普通に気持ち悪いだろ。

「って、もうこんな時間かよ」

考えれば考えるほどドツボに嵌って、つい時間を忘れるぐらい真剣に自主練習にうちこんでいたようだ。
急いで片づけて、部室に戻る。
さすがにこんな時間まで残っている人はいないらしく、いつもの騒がしい部室とは対照的に、そこはしんと静まり返っていた。

「えーちぜんっ」
「っ?!」

体格のいい腕に視界を遮られる。
この声の主は、もしかしなくても。

「やめてください、桃先輩……って、え?!」

なんでここにいるんだ。

「いつになく真剣だったな〜」

ニっと歯を出して笑うと、いつものように俺の頭をグシャっと撫でる。
これをされるたび、俺がどれだけドキドキしているかなんて、色恋沙汰に鈍い先輩はきっと気が付いていないんだろう。

「っていうか気づかれてても困るけど」
「ん、なんか言ったか?越前」
「別に」

俺は桃先輩から離れると、自分のロッカーに手をかけた。
制服を取り出す。

「……」
「……どうした?着替えねーのか?」

どうしたもなにも。
意識してしまって着替えられない。

「……あの」
「おう?」
「やっぱこのまま帰るッス」
「珍しいなァ、おい。最近お前、制服で帰ることが続いてたのに」
「なんとなく面倒くさくなったんで」

我ながら上手く誤魔化せた気がしたが、妙に勘の働く桃先輩は、少し怪訝そうに眉を潜めつつ、「まぁいいか」と納得したように頷いた。

「なぁ越前。久々に歩いて帰らねーか?」
「……?まぁいいッスけど……」

珍しいなーと思いながらも、少しでもこの人と一緒にいれるなら悪くないなと思った。
本当にどうかしてる。

「じゃあ校門で待っててくれ!自転車持ってくるわー」

桃先輩が「じゃあ、後でな」駆け出すのを見送ると、即行制服に着替える。
俺も、早くいかなきゃ。
鍵を職員室に戻し、ダッシュで校門へ向った。







「遅せぇなあ。遅せぇよ越前」




あれこれしているうちに意外と時間がかかってしまった。
これでも結構全力で走ったのだが、俺が着いたころには既に桃先輩は校門にいた。

「うぃーっす」
「おーやっときた。ってアレ?おめぇ結局制服に着替えたのかよ」
「き、気分が変わったんで」
「ふーん?……まぁいいや!んじゃ、帰ろうぜ」


桃先輩と帰る時は大抵二ケツなので、こうして歩くことは久しぶりだった。
日は既に沈みかけていて、街の灯りが付き始める。
とりあえず俺には聞きたいことがあった。

「なんでこんな時間までいたんッスか?」
「そ、そりゃ自主練してたからに決まってんだろ」
「へえ……」
「ほ、本当だって」

別にやましいことなんかない、と言わんばかりに手をブンブン振る。
こういうときの先輩ってなんか理由があるんだよね。

「何か俺に言いたいことがあるんじゃないんですか?」

まっすぐ視線をやると、桃先輩は気まずそうに頬をかいた。

「……」
「……」
「……」
「……〜〜〜っ!ああもう!わかったよ!言えばいいんだろ、言えば!」



そして降参とでも言わんばかりに溜息をつく。
俺は「もったいぶらないで言ってください」と桃先輩から視線を外した。

「あのよぉ……越前」
「なんスか」
「あの、よぉ」
「だからなんスか」
「……っくそうまく言えねえ」

……なんだ。
これは。
もしかして期待してもいいんじゃないだろうか。

「な、なんスか」

少し胸を高鳴らせながら問う。
先輩がもし俺と同じ気持ちなら、と願った。

けれど、その答えは俺の望んでいないものだった。

「あのよぉ、越前。俺、告白されたんだ」
「……っ?!」

先輩が、告白……?

「だ、誰ッスか」
「……他中の奴で。多分お前が知ってる子」

他中で先輩と絡みがある女子といえば不動峰の橘の妹。
橘杏、か。

「で。付き合うんスか?」
「それを悩んでんだよ。なぁ越前。おめぇはどうすりゃいいと思う?」

そんなこと、俺に聞かないでほしい。
そんなこと聞かれたら、俺は。

「そんなの、先輩の気持ちひとつでしょ」
「やっぱそうだよなぁ。くっそ、こういう経験ねぇからわかんねぇよ。普段からモテてるお前に聞きゃあわかると思ったんだけどなぁ」

参ったなと言わんばかりに桃先輩は頭をかく。
駄目だ。
こうして話していると、泣いてしまいそうだ。

「お、俺。ちょっと寄るとこあるんで!」
「ん?じゃあ俺も一緒に……」
「来ないでください!」

「お、おい!越前!!!」
戸惑う先輩の声がする。
しかし、俺は構わず走り出した。







「はあっはあっ……」

地元の公園までくると俺の足は止まってしまった。

「越前ーっ」

桃先輩の声がする。
ど、どうしよう。
俺はとっさに土管のなかに潜り込む。
桃先輩は自転車を止め、こちらに向かって歩いてきた。

「越前、どうしたんだよ………」

潜っているから顔は見えないが、多分。
桃先輩は困っている。

「なんでもないッス」

今、桃先輩とだけは顔をあわせたくない。
涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

「出てきてくれよ、越前。俺、なんか無神経なこといっちまったか……?」

違う。
違うよ、桃先輩。

「俺、お前には笑ってて欲しいんだ。そりゃ、お前。後輩のくせに態度でかいし、腹立つこともあるけど、お前がそんなんだと俺まで調子狂うっつーか……。ってなにいってんだろーな、俺は」
「……」
「なあ、頼むよ越前。出てきてくれないか?」

桃先輩が少し震える声で言った。
困らせたいわけじゃないのに。

「……先輩……俺」
「越前!」

暗闇から出た瞬間。
ふいに、桃先輩が俺を抱き締めた。

「っ!!」
「うおっ!?わ、わりぃ!」

そう言うと、慌てて離れる桃先輩。
俺の心臓は色んな意味でやばいことになっていた。

収まれ。
収まれ鼓動。
桃先輩が俺をただの後輩としか見ていないことなんて最初からわかっていたことじゃないか。

「……」
「……」

気まずい沈黙が流れる。
その空気を破ったのは、桃先輩だった。

「あのよぉ……越前、俺。おめぇに謝らなきゃならねぇことがあるんだ」
「謝らなきゃいけないこと?」

たくさんあるような気がする。
俺がどれだろうと考えていると、桃先輩は珍しく自信がなさそうな声で呟いた。

「俺、好きなやつがいたみたいなんだ」

なんだよ、それ。
なんで謝るんだよ。

「へ、へぇ。誰なの?っていうか俺、別に桃先輩のこと好きじゃないんで謝られる義理とかないし」

好きじゃないなんて。
真っ赤な嘘。
好きだ、桃先輩。
大好きだ。

「そ、そっか!そうだよな、ハハ……」
「で、誰なんスか?その、好きな相手」

ねえ、桃先輩。
今、俺。
ちゃんと笑えてる?

「そ、そいつは言えねえなぁ、言えねえよ」
「なんで?」
「そりゃ、だっておめぇ。目の前にいんだぞ?しかもたった今振られたばっか……って、ありゃっ!?」

桃先輩はすっとんきょうな声をだすと「しまった」と叫んでその場にうずくまってしまった。
俺は俺で、どう反応したらよいのかわからず思考停止状態だし。

「し、死にてぇ。自覚した瞬間に失恋するし、しかもこんな形でバレるとか……」
「……っ」

俺は再び高鳴り出した鼓動を抑えようと拳を胸に押し付ける。
期待しちゃ駄目だ。
わかってる、わかっているけど、溢れだして、止まらない。

「……ねえ。桃先輩?」
「なんだよ、越前っ!こ、こっち見るなよ!!」

涙目で子供みたいにうずくまっている桃先輩がなんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。

「さっきの、取り消してもいいッスか?」
「えっ?!」
「俺。桃先輩が好きです」
「お、おう。ってえええええええええ!!」


最近の俺はおかしい。
桃先輩に声をかけられるとドキドキするし。
二ケツさせてもらうと、胸の奥がギュっと締め付けられるような感覚に陥る。
先輩の一言で一喜一憂して。
馬鹿馬鹿しいこの感情は。



「大好き、桃先輩。ずっと前から」



しょーがないから桃先輩にあげるよ。





I saw him looking at me.
Do you love me?





end






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