Quelle belle




Pirates 8





「………ったく……。余計な体力使わせんな」


彼女の腕を掴んだまま、大股で歩いていく彼の顔色はお世辞にも良いとは言えない。
暑さに弱いというのも相当なんだろう。


「……でもよく分かったわね。私があの店にいるって」
「………アイツらがすっ飛んできたからな。お前が火拳屋に拉致られたって」
「は……左様で……」



見られてたとは。


(でもそれで来てくれるあたり優しいわね)


彼なりの不器用な優しさに、思わず笑みがこぼれる。
笑ったのが聞こえたのか、彼は面白くなさそうに振り返った。


「………何がおかしい」
「いーえ。……ありがとう、船長」


素直にそう笑みを向けると、彼は虚をつかれたように固まった。


「………バカだな」
「そうかもね」


そう言いながらも、言われ慣れない言葉に照れているのか何なのか、彼の耳元が少し赤くなっているのが見えた。

くすくすと笑っていると、勢いよく腕を引かれた。
体勢を崩し、そのまま彼の胸元に転がり込んでしまった。



「わ、」
「調子乗ってんじゃねェよ……?」



耳元で響いた低音に、意図せず体が小さく跳ねた。
急に感じた、男らしい胸板と腕。
細身に見えて、よく鍛えてあるらしいそれを感じてしまえば身動きが取れなくなった。

彼が喉の奥で笑っているのが聞こえる。


「………そろそろ離れてもらえませんかね………?」
「嫌だと言ったら?」


んの。


「エルボーされたいですか。そうならそうと早く言え」


クッとまた一つ笑われた。
そのあとやっと腕は解かれたが、右腕は相変わらず掴まれたまま。



「………何でしょう、この腕」
「行くぞ。…ただでさえここの気候は合わねェ」


船に戻るのかと思いきや、向かったのは一つの店。
そこはかなり大きめの店で、中にはレディースの服がずらりと並んでいた。


「選べ」
「え?」



根本的に言葉が足りないんですよ、船長。

私の理解力の問題じゃない。
きっと違う。………うん、多分。



「お前が着る服だ。俺には分からん」
「んー……って言ってもね。私もこっちの服の型なんて全然分かんないし、動きやすいのならなんでもいいわ」
「………じゃあ他に必要なモン選んでこい。店員に適当に選ばせる」


そう言って彼は顎で店の奥を示す。
示し合わせたように店員が出てきて、彼女を奥に連れていった。


「初々しいなぁ、お若いの」


店主だろうか、年配のおじいさんがニコニコしながら彼を見ていた。



「………ちげェよ。んな関係じゃねェ」
「で、選んでやるんじゃろ?」


彼は居心地の悪さにため息をついた。
多少なりとも図星だったなんて、絶対認めてやらねェ。











奥に連れられていき、採寸されたのは下着のサイズ。
………確かにこりゃ男禁制ですわ。

店員はローが彼女の恋人だと勘違いしているらしく、勧めてきたのはいわゆる勝負下着って類のきらびやかなシロモノ。
シンプルなものでお願いしますと言っても聞き入れてもらえず、終いにはローの元へそれを持って行ってしまった。


(うわぁ………)



何とは無しに恥ずかしいってこういうこと。
顔だけちらっと覗かせれば、ローが一瞬固まっているのが見えた。

そりゃそうでしょうよ、彼女でもない女の下着なんて誰が………



「全部お買い上げだそうです
「えっ!?」



嘘だと言って。


なんだかえらい数の洋服たたまれてますけど。
えらい大きさの紙袋に入れられてますけど。

………ちと待てや。



止めようと出たかったが、下着一枚でさすがに出ていくわけにも行かず二の足を踏んだ。
するとさっきの店員が軽やかな足取りで走ってくる。


「これをお召しになってください


と言って服を渡された。
………目がハートになってるのは何故でしょう。
なんて愚問。

ここまで来たら抵抗するだけムダ。
諦めたように袖を通したが、


「………………え」


下はジーンズという代物で、ぴったりはりつくのは慣れないがまだいい。
………問題はそこではなく。


「なんでコレ肩のとこ破けてんの……?」


不良品じゃないかコレ。
渡された黒の服は肩のところにぽっかり穴が開いていた。

後で聞くところ、オフショルなるものらしい。
知らんがな。なんで肩だけ破いたの。


フィッテングルームを飛び出せば、満足そうに口の端を歪めたローと出会った。


「………なかなかだな」


そうとだけ言うと、重そうな紙袋を軽々担いで外へ向かう。


「行くぞ」
「待っ、こんな………」


こんな要らない。
そう言う前に。


「もう金払った」


なんてこと。


ホクホク顔の店主に見送られ、やっと帰路についた。
















「大丈夫かなーセラフィナ………」
「キャプテンが迷ってなければ平気だろ」
「迷うわけねェだろ。シャンブルズまで使ってったんだからよ」


二人の帰りを待つペンギンとシャチは、揃って船のへりに寄りかかって島の方を見ていた。


「にしてもキャプテン慌ててたなー」
「あァ……。降ろす気ねぇんだろうな」
「春かな………」
「かもな」
「とか言って一人で帰ってきたらどうするよ」
「………すげェありがたくねェな、ソレ」
「なんて声かけんだ?ベポか、やっぱアイツか」
「気がすむまでバラされた後のベポでやっとじゃねェか?」
「ヒィ………」



怖すぎる。
セラフィナ、頼むから奴の手を逃れて戻ってきてくれ。

と、二人の目に飛び込んできた二つの影。




「………て、………な……る!?」
「……だろ、……ちま………!」



その声は途切れ途切れにしか聞こえないが、


………ペンギンとシャチはガッツポーズを決めた。

良かった、首の皮繋がった。



何やら仲良さげに帰ってきた二人の手には大きな紙袋が。
ローが大半を持っているが、数個は彼女が略奪したようで。



「おかえり〜〜〜!!」
「セラフィナ、お前は恩人だっ!!」

「ちょっと二人からも言って!!この人金銭感覚おかしい!」
「どこかだ。店丸ごと買ったわけじゃなし、至って普通じゃねェか」
「ま、丸ごと!?それってアリなの」
「………よし、戻るぞ」
「どこによ!?」
「さっきの店」
「誰が行くか!!」



「………完全に世界出来上がってんな」
「あァ、安心安心」



二人はいそいそと持ち場に戻り出した。

今日は赤飯かな。
なんて言ったシャチはバラされかけたとかバラされたとか。


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