Quelle belle




Seven Colors 38





(………け、怪我人に容赦なさすぎだあのバカ医者………!)



案の定、思う存分喰われたセラフィナは翌日またもや悶える羽目になった。

起き抜けに立ち上がろうとしたら、カクンと力が抜けてへたり込んでしまった。
その様を見ていたローは目を丸くしていたが、

……その驚き顔が非常に満足そうな顔に変わったのを見て、少なからず殺気が湧いたのは致し方ないだろう。



とりあえずもうハクとは接触するなという船長命令のもと、今日は船番という名のお留守番になった。


ローも残ると言っていたのだが、何やら昨日の情報屋から電話がかかってきたようで不承不承駆り出されてしまった。


ペンギンとシャチ、ベポは比較的面が割れていない方なので、買い出し担当で船を離れている。


そんなこんなで、今この船に乗っているのはセラフィナとグライアだけだ。
ローが出ていく時、「番犬は番犬らしく待ってろよ」なんてグライアに向かって言ったもんだから、一人と一頭の喧嘩が勃発したのは当然だ。

仲がいいんだか悪いんだか分からない二人(二匹…?)である。


彼女は一時間ほどベッドで休んだ後、何とか起き出すことに成功した。
鎌を肩に担ぎ、重い体を引きずってグライアがいるはずの甲板に出る。


ふさふさの見事な銀の毛を持つソイツは、日向ぼっことでもいいたげに甲板に寝そべってうつらうつらしていた。

狼とはいえその様はどこか可愛くて、和む。


思い返せば、この頃はグライアが膝に乗ってきたりすることが減った。
(実際はローが全力で阻止しているだけなのだがそうとは知る由もない)



「………ふわーあ。まだ眠い」


欠伸を噛み殺して、グライアの隣で微睡もうとしたその時。




「っ!?」



“何か”を感じ、鎌を手に跳ね起きた。
と同時に、グライアも飛び上がった。


辺りを見回せば、



………海が、割れていた。





(何、が………)


グライアが吠えた。
はっと我に返り、鎌を構える。





盾強化シールド・ポイント!!」



見えない波動に向かって、思いっきり鎌を振り下ろした。


ガキィィィン!!




「っ………!」


半端じゃない衝撃に、肩に走った激痛。
彼女は顔を歪めたが、お陰で波動は横に逸れ、船が真っ二つになることはなかった。



「………ったた………。危ないわね………」


なんなんだ一体。
というか私が船番の時に限ってなんでこういうの来るかな。

やっぱ生来のトラブルメーカーだったりして。まったくもって嬉しくない。



「………驚いたな」



私のセリフ取らないで頂きたい。
驚いたのこっちだから。

声がした方を見れば、棺桶みたいな箱舟が浮かんでいた。
その上には、やたら大きく強そうな大刀を背負った男が立っている。



(………え、吸血鬼………?)


バカなとは言わないで頂きたい。
だって棺桶だよ、船。
しかも吸血鬼っぽいオーラ漂ってるの、どこがとはいえないけど。



「………襲撃ありがとう、……なんてお世辞でも言えないわ……」


彼女の呟きに、相手は軽く眉を跳ねあげた。


「で、何かご用でも?」



この男は相当強い。
単純な一騎打ちでは到底敵う相手じゃないことはすぐに分かった。


…………ハートを沈めることが目的なら、異能を使ってでも倒さなければいけないところだがどうもそれにしては敵意が弱い。



「我が名、ジュラキュール・ミホーク。剣豪だ」
「………そりゃその刀持ってて剣豪じゃなかったら驚くわ」


下の名前は聞き取れたが、前半がよく分からない。
なんだってこっちの名字は長ったらしいのが多いんだ、トラファルガーといい。



「………王下七武海と言えば分かるか」
「シチブカイ?どこの海よそれ」



と言えば本気で二の句が継げないようだった。
そんな有名な海だったとはいざ知らず。

グランドライン(だっけ?)入ってからそんな海の名前は聞いたことがない。

辺境地ってことね、分かった。




「………並ではないな、“死天使” セラフィナ」


一瞬、ピリッとした空気が漂った。



「………私に何か?賞金稼ぎなら他を当たって欲しいところだけど」
「あいにくだが金には困っていない」
「あ、そう………」

「退屈していたところだ。付き合え」

「…………………は?」


なんて言った、この人。
暇持て余してるならシャボンディパークにでも行ってくれ。

………似合わないけどさ。



「暇潰しなら他を当たってください。……って言うだけ無駄よね、知ってる」


彼女は嘆息して鎌を担ぎ直した。
なんだって怪我した二日後、しかもこんな腰痛い時に暇潰しに付き合わされるんだ。

自分の悪運の強さをこれほど呪ったことはない。



「なんで私に目をつけたのか知らないけど……。あなたの相手になるほど強くはないわよ、私」
「それは俺が決めることだ。……が、主は俺を格上と認めるのか」

「自分の力量くらい知らなきゃ話にならないわ。そこまで馬鹿じゃないつもりだけど」



彼女の蒼い瞳が、すっと細められた。



「………命賭けるのよ?プライドだけで生きていけるほど生温い世界じゃない」



ミホークは楽しげな、満足げな微笑を浮かべた。



「………いざ」


その声とともに、彼女は鎌を、ミホークは黒刀を構えた。
















ビュッ!!


風が空を切り裂いて、彼女を襲う。



天の軌道トレース・ヘヴン



その衝撃波が彼女の鎌に触れ、上空へと軌道を変え霧散する。
彼女はタンっと地を蹴って飛び上がった。


死旋風デッド・サイクロン!」



刀身同士が火花を散らしてぶつかり合う。
ミホークは顔色一つ変えずに、彼女の攻撃を受け止めた。

ギリギリと攻防がどれほど続いたか、ミホークが鎌を跳ね上げる。
一転して攻撃に転じたミホークの黒刀は、目にも留まらぬ速さで彼女を追い詰めていく。



(………やっぱりね……。これは相当、)



だが、不思議と楽しかった。


否応無しに集中させられる、高められるこの感覚。
久しぶりだった。

この人になら、負けても悔いにはならないと思えるだけの技量の持ち主だった。



(………右、右、上、下、左……上!)


ずっと見計らっていたタイミングで彼の剣を弾き飛ばし、背後へと飛び上がる。
瞬時にこちらを捉えた、


彼の、太刀筋。



(………この人には、勝てない)



清々しいまでの敗北。
ふっと自らの殺気が緩んだのを感じた。


次の瞬間、左肩から袈裟懸けに、熱い衝撃を感じた。


(ごめん、やっぱトラブルメーカーだったっぽい………)


そんな見当違いなことを考えながら、視界は闇に閉ざされた。


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