Quelle belle




Pirates 14





あの後ローは、粗方息も心も落ち着いてからふと我に返った。

………島まで泳いでいける距離なのか、一体全体。
そう思ったのも束の間、船の進行方向には肉眼で捉えられるほどの大きさの島が見えた。

船の航行速度は今最低ラインだ。
確かに泳ぎが得意なら泳いでいった方が少しは早く着くだろう。
………迷いさえしなければな。


深くため息をついてもう一度椅子に体を預けていれば、一番最初に起きてきたペンギンが彼女がいないことに気づき、天を仰いでいるローに声をかけた。


「キャプテンが不寝番変わったんすか?」
「………いや。アイツがやってた」
「寝に行ったんですか」

「今頃先に島に着いてるんじゃねェか」
「っ!?」


まだローの思考回路は全快じゃない。
見たまま、あるがままをポロポロとこぼすと、ペンギンは顔色を変えた。


「セラフィナを海に投げ込んだんですか!?」


ぱちっと火花が弾けた……気がした。
錆びついた思考回路がぐるぐる回り出す。

そう聞こえていたのか。
………いや、確かにそう聞こえる。致し方ない。



「バカ言え。何で俺がアイツを放り出すんだ」
「は………?じゃあキャプテン、何かしたんスか」


何かってなんだ。
つかだいたいなんで俺が何かしらやっちまった設定なんだ。


「してねェよ。………諸事情は言えねェが、アイツが船から降りるわけでもなければ俺が何かしたわけでもない。分かったな?」


納得はしていないようだったが、不承不承ペンギンは頷いた。



(………“アレ” は何の力なんだ………?)


それからそう経たず、物思いに沈むローを乗せた船は彼女が目指しただろう島へと上陸した。














鬼哭を肩に担ぎ、とりあえずセラフィナの姿を探した。


まず無事に着いているだろうか。
一度溺れた時に助けてもらった辺り、カナヅチじゃないことは分かるが海なんて何がいるのか分からないのだ。

何に遭遇しても無事でいられる確信があるくらい、泳ぎに自信があるのか。
………あの、華奢な体で?嘘つけ。


この島には別段目的もなく、ログが溜まるのを待って出るだけの文字通り通過点。
ペンギンとシャチはどこに行く当てもないので退屈そうに船で待機していた。


………本当はセラフィナ捜索に加担すると言っていたのだが、どうにもあの力を見た今は、彼らを彼女に近づけない方がいいと思って突っぱねた。

それが果たしてペンギンたちのためなのか、
それともセラフィナのためなのかは彼にも分からない。


当の奴らは何やら違う意味の勘違いをしていそうだが、……まぁ仕方あるまい。



早い所彼女を見つけて次に行きたいが、



「っセラフィナ!?」




倒れた人影を見つけ、駆け寄ろうとした。


が。





「っ!!」





突如として飛びかかってきた影に、咄嗟に鬼哭に手をかけ飛び退いた。


………よくよく見れば、それは一匹の銀狼だった。



おかしなことに、その銀狼からは息遣いが全く感じられなかった。
精巧に作り上げられた人形のようでいて、だが確かにそこに生命が宿っていた。

軽くスキャンをかけてみたが、ただの狼と何ら変わりない。


なんなんだ、コイツは。



とりあえず彼女が食われないように彼女と何かを入れ替えようとしたが、もう一つの違和感に気づいた。



(……食うっていうよりむしろ……)



威嚇するようにじりじり近づいてくる銀狼は、



「……ん……?」


眠そうな彼女の声が聞こえた瞬間、身を翻して彼女に飛びかかった。



「っおい!!」



焦ったのも一瞬。


あろうことか、その銀狼は甘えるようにセラフィナに擦り寄ったのだ。
その様はさながらでかい犬が飼い主に懐いている……まさにそれ。


開いた口が塞がらなかった。
どことなく不思議な彼女には、まさか動物の声が聞こえるなんて能力も備わってるんじゃなかろうな。

……いや、ありえるところがまた。




「……夢じゃなかったか…ふふ、ありがとう」



スリスリと甘えてくる銀狼に、彼女はくすぐったそうに笑う。
そのあまりに無垢な様子に、つい目を奪われた。


銀狼も上機嫌なように見えたので、今なら平気だろうと一歩近づけば途端にがうっと牙を剥かれた。


……なんだコイツ。


むっとして眉をしかめると、寝転んだままの彼女が眩しそうに目を細めて空を見つめた。
その拍子に彼のことも目に入ったようで。



「……せん、ちょう…?」


その目がゆるくみはられる。



「迎えに来た。船に戻るぞ。……ついでにアレは何だったんだ」


そして目の前のコレはなんだ。
聞きたいことがありすぎる。

ちなみにコレなんて言われた銀狼はもう一度彼に牙剥いてたりする。


今は黙ってろ。
………テメェ誰だ。


みたいな会話が聞こえそうである。




彼女が緩慢な動きで体を起こした時、やっと異変に気付いた。



なんでセラフィナの周りだけものの見事に植物が枯れてるんだ。

…… 銀狼コイツが食ったとか?
んな訳あるか。そんな器用な(めんどくさい)ことわざわざする必要もない。




「………あの力を使うとしばらくダメなの。今回はアレだけだったから一晩で大体抜けるけど、直後は負の気に侵される。……その気に当てられたら、どんな猛者でも発狂する」


彼女は物憂げに視線を伏せ、労わるように地を撫でた。



「これを見れば分かるでしょう…?私の纏う負の気は、周りの生気でさえ奪う」
「………ソイツは大丈夫だったのか?」


指したのは、彼女には懐いているくせに自分には牙を剥く可愛くない銀狼。



「そうみたいね。……ただでさえ私と銀は相性がいいから、そのせいかもしれないわ」


銀と、相性がいい。
そう呟いた彼女の声には、どことなく深い悲哀が漂っていた。



「私が持つのは滅びの力。………向こうの世界での異名は、“滅びの姫”」


ついで上げられたその相貌からは、何の感情も読み取れなかった。



「その身をもって体感したなら、嫌という程分かったでしょう?私の力は敵も味方もなしに、一方的に相手を破滅へと導くだけ」


自分の意思とは関係なしにあの時感じた、強い死への衝動。

………恐ろしかった。
それは認めよう。



「だから早いうちに私をおろして。……温かく接してくれたあなたたちに、私の力が降りかかる前に」


彼は嘆息した。



「結局言いてェのはそんなくだらねェことか」
「くだらない…?私があの時本気だったらどうなったかくらい想像出来ないの?」
「本気じゃなかっただろうが」
「それがいつまで続くと思ってるの?いつ本気の“次”が来るかなんて知れないくせに」
「……お前の力の凄まじさは理解した。お前が言う“次”来たら相当まずいこともな」
「なら、」

「話は最後まで聞け。確かに分かったが、それがお前を下船させる理由にはならねェ」



彼女は信じられないと言ったように首を振った。



「お前はこの世界では“異端”な存在だ」
「………そんなこと、私が一番よく分かってるわ」
「俺の言いたいことは分かってねェな。………存在自体が異端なら、それにオプションがいくらくっついてこようと変わんねェんだよ」


お、オプション?
彼女は耳を疑った。



「大体この世界じゃ、異端な奴以外は海賊にならねェ。万が一普通の奴がなったとしても、他の奴らにすぐに海の藻屑にされるのがオチだ。お前が前いた世界がどんな平和なモンだったかなんて知らねェが、こっちじゃ力があってなんぼなんだよ」

「………私でさえ制御できない力なのよ?力があったところでそれじゃただの危険物じゃない」

「その力を使えなんて言ってねぇだろうが。………大前提だがな、仮に船から降りるとして生きていくアテがあるのか?今のお前に」

「………ここに置いてってくれればどうにか出来るわ。食料さえ困らなければ人一人生きていくくらい造作もない」



この女、どんな環境で育ったらこうなるんだよ。
ローはため息をついた。


「バカ言え。じゃあ他の海賊が来たらどうする?命の危機を感じたら、自分の身を守れるか?」
「大抵は相手できるわ」
「言わせてもらうが、この世界はそんなに甘くねェよ」


彼女は不愉快そうに眉を寄せた。


「お前の強さを軽んじてるわけじゃねェ。確かにそこらの海賊か海軍が軍艦一隻襲ってきたところで、お前が負けることはない」
「………何が言いたいの」
「この世界には俺のような能力者が点在する。そいつらにはお前の鎌も剣術も通用しねェ」
「………」

「お前は剣相手なら負けないだろうが、火拳屋みてェな炎に勝てるか?……氷を操る奴も、音を操る奴も、俺みたいに空間そのものを操る奴もいる。正攻法じゃとてもじゃないが勝ち目はねェんだ」



淡々とした彼の声に、彼女は無言で先を促した。



「お前が“破滅”と呼ぶ力、それしかお前が対抗できる術はねェんだ」



その言葉に、彼女は目を見開いた。
………次いで、怒気もあらわに彼を睨みつけた。



「そんな簡単に使える力だと言いたいの?」

「んなわけねェだろ。……お前がその力を使って相手を殺して、それで生き延びていくことは一向に構わねェ。この世界は強者だけが生き残っていく。それはどこでも変わりねェからな」



さっきから、彼が何を言いたいのか全くもって分からない。



無差別に人を殺すな、自分が生き延びるためだけに人を殺すな、

そんな綺麗事を言われるわけはないと知っている。



……だったら、彼は何を言いたのだろうか。
聞けば聞くほど、分からなくなっていく。




彼が口を開こうとした、その時。



ガサリと音が聞こえ、二人は同時にそちらを振り向いた。


  List 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -