Quelle belle




Pirates 12





今日もシャチがバカなことをやっている。


ローは上からそれを見つけてしまい、呆れたように息をついた。
グラスに入った酒を一口煽る。

ベポも便乗、更にはペンギンまで悪ノリし始めた。


まるで収拾のつかなそうなバカどもに頭を抱えながらも、彼らの近くにいるセラフィナに目を向けた。


彼女は彼らのバカ騒ぎを前に楽しそうに笑っていたが、………その笑みはどこか無理をしているように見えて仕方がなかった。


彼女が持っているであろう力の話をした、その刹那、彼女を覆い隠した冷たい仮面。
何一つこちらには悟らせまいと頑なに彼女自身を覆った、彼女を守りながらも縛り付ける、その鎧。


誰であろうと、人に知られたくない過去や秘密を少なからず一つや二つは持っているだろう。
彼自身、壮絶な過去を背負った人間だから嫌という程知っている。



だったら放っておけばいい。



………そう思うのに、なぜ気づくと気にかけているのか自分でも分からない。

似たところがあるなんて思ってない。
傷をさらけ出して、舐め合いたいなんて微塵も思っていない。


(………まぁ、考えても分かんねェもんは分かんねェしな)


グラスを空にして、下に行くとシャチが潰れていた。
ペンギンは呆れたように彼を部屋まで引きずり、ベポは不寝番どうしよう……と潰れてしまった不寝番を前に途方に暮れていた。



「いいわよ。不寝番やるわ」
「えっ、でもセラフィナ」
「大丈夫よ。今日は空も綺麗だし」
「………すまないな。コイツが起きたら何かしてもらえ」


彼女が苦笑して、見張り台の所までのぼっていくのを他人事のように見ていた。


………アイツが隣にいないんじゃ、どうせ今日は寝れねェな。



そんなことを考えた自分に苦笑して、本を手に取った。

不寝番とはいえ彼女は女だ。
万が一の時に備える必要もあるだろ。


なんて自分を説得しながら、彼女の所からは死角になる所で本を開いた。









一冊まるまる読み切る頃には、辺りは静かな丑三つ時。
案の定というべきか、全く襲ってこない眠気にため息をついたその時、“歌”が聞こえた。




Où est ma lumière ?
私の光はどこにあるの






その歌声に、彼は動きを止めた。




La lumière qui illumine le chemin
que nous devrions suivre a disparu
進むべき道を照らす光はなくて

Il ne reste plus que le noir de jais
ただ残るのは漆黒の闇





どこの言葉なのか、歌詞の意味は全くもって分からない。
………ただ胸が痛くなるほどの強い悲しみが流れ込んでくる。





Même si nous voulions continuer
avec seulement un petit clair de lune
細い月光を頼りにしようとしても

Cette lumière ne brillera pas sur mo
その光は私に降り注ぎはしない






彼女は声を張り上げているわけでもない。
だがその声に打たれたように体は動かない。




En réponse à ma voix
応えて

Je t'ai perdu
あなたを失って

Comment suis-je censé vivre avec ça ?
どう生きろというの

Où puis-je vous trouver ?
どこまで行けば会えるの






つっと頬に冷たいものが流れた。

それが何か、気づいた瞬間愕然とした。



(………嘘、だろ………)





Vous pouvez me traiter de pécheur
罪と罵ればいい

Je suis prêt à tout perdre
全てを失ってもいい

Encore une fois
ただもう一度だけ

Je veux te voir, mon amour
愛した人に会いたい








壊れてしまったかのように流れ続ける涙。

泣こうと思っているわけでもない。
俺自身、悲しいと思っているわけでもない。

ただ水が頬を滑り落ちていく、おかしなことに、本当にそれだけのことだったのだ。
誰かと同調しているかのような、

………自分の体が、自分のものでないような錯覚さえ覚える。

何が何だか、全くもって理解が追いつかない。




………だがひとつだけ分かるのは、




この歌が、彼女の大切な人に向けて歌われたものだということ。

ただそれだけ。



届いてほしいのに、届かない。

会いたいのに、会えない。

………それは、果たして世界の境界線を飛び越えてしまったが故のことなのか、



はたまた、もうその相手が、



どちらにせよ、深く首を突っ込んでいい問題ではないことだけは嫌というほど分かった。



彼女が弱みらしい弱みを見せたことなんて無かった。
寂しいとも、辛いとも、弱音を吐いたことなんて無かった。

向こうの世界の誰かと話をしていた時でさえ、彼女が絞り出したのは、



“会いたい”



ただその一言だった。

何かが一つでも崩れてしまえば、全てが根底から壊れてしまうような危うさ。
目を離したら消えてしまいそうな儚さ。


………こちらの海賊一隻を相手に、易々と立ち回る女に向ける言葉にしてはおかしなことなんて百も承知だ。


それでも、何故か安心して傍観することは出来なかった。




彼はサークルを作り出した。



「………〜〜っ!?」



目の前のグラスと彼女の位置を入れ替えると、彼女が声にならない悲鳴を上げた。
そんなことも構わず、彼女を後ろから抱きしめれば戸惑ったような声が上がった。



「………えっ……船長………?」


困惑して、こちらを振り向こうとした体を押しとどめ、回した腕の力を強めた。


「……聞いてた、の………?」



どこか恐る恐るといったように聞いてくるセラフィナに、彼女の肩に頭を預けたまま頷いた。
彼女の背が、強張ったのが分かった。

ほとんど反射的に突き放される、
………本能的に、そう感じ取った。


だから、突き飛ばされる前に口を開いた。



「……行くな」


耳元で囁けば、その体が小さく跳ねた後大人しくなった。



「俺は北の海のフレバンスで生まれた」


………何故言おうと思ったのか、それは定かではない。
彼を苦しめる、その過去。
未だに夢ではうなされ、それのおかげで寝られない日々ばかりが続く。


それでも、

大切な、温かい記憶もあって。



その分、余計に辛いなんてこともよく分かっていて。



「フレバンスがどんな島か、……どんな末路を辿ったか、知ってるか」
「………何も」


何も知らない彼女に、“当事者”でありながら、“第三者”としての立場で悲劇を説明すれば、

………彼の思いを晒せば、何かが変わるかもしれないと思った。

その理由さえ、今は分からない。
もはや理由が必要なのかさえ、定かではない。



「フレバンスには珀鉛が大量にあった。………白い街と称されるほどにな」
「……!」


珀鉛、

実際に見たことはなくても、それが名前からして金属的なものだと推測はできる。
そういうものが何に使われるか、

………国家規模になろうものなら、答えは一つしかない。



「珀鉛には毒が含まれていた。過度に掘り起こせば、それだけ人体に被害が及ぶ。それを知っていながら、王族と世界政府は利益のためにその事実を隠蔽し、国民に発掘を続けさせた」



そして、ある時一斉に国民が発病した。

その名も珀鉛病。
肌や髪が白くなり、やがては全身の痛みが発生し死に至る恐ろしい病気。



「医者にも治す手立てはなかった。珀鉛病は元来中毒性のものだったが、……誰かが伝染病だと言ったのを皮切りに、フレバンスは隔離された」


こちらの土地勘がないセラフィナでも、“隔離”、その言葉がどれだけの重さを持っているのかは理解できた。
………仮にも元副将軍だったのだ。


周辺国から一切の干渉を受けない、

そう言えば聞こえはいい。


だが実態はそんなものじゃない。
干渉も受けない代わりに、援助も受けられない。
下手したら交易さえ打ち切られる。


………そして、揃いも揃って周辺諸国に攻めてこられたら、


どれだけ強い国家だろうが、滅亡の一途を辿るしかない。





「どこに行っても病原菌扱いされた。……挙げ句の果てに元凶の王族は逃亡ときた」



そして、珀鉛病への恐怖は、フレバンスの周辺諸国にも広がっていく。
………それは、やがて何の罪もないフレバンスの民へと矛先が向かうことを意味していた。


珀鉛病を発病した人は、迫害された。問答無用で、殺された。
無差別な大量殺戮なんて、珍しいものでもなかった。

皮肉にも鉛なら腐る程あったフレバンスは、全面戦争に踏み切る。

………だが、周辺諸国による一斉攻撃によって滅亡した。




「家族も、恩師も失くした。………病院にいた、妹も……ラミも助けられなかった」



燃え盛る火を前に、自分の無力さを嘆いた。


何故全てを失わなければならないのか………
何故、何の罪も犯していない自分がこんな目に合うのか、

何故のうのうと王族が生き延びている傍らで、自分たち国民がこんな目に遭わなければいけないのか。


生きることに、

………この世界に、絶望した。




「俺がフレバンスから逃れるには、………死体の山に紛れて、国を出るしかなかった」


常に死と隣り合わせの戦場にいた彼女には分かる、その耐えがたさ。
累々と転がる死体を踏み分けて、それでも前に進まなければならない辛さ。

………自分の国の紋章が、地に倒れ伏していても助けられないあの無力さ。


まだ幼かった頃の彼に、同じ国民だったはずの遺骸の山は、

どれほどのショックを与えただろう。



「………悪いことばかりじゃなかった…。おかげで俺は恩人に会えたからな」


珀鉛病で周りから冷ややかな目で見られる彼のために、彼を連れ回して病院に押しかけたやたら背の高い男。
ピエロみたいな顔をして、……すぐドジやらかして。

一度は命を狙ったことさえあったにも関わらず、彼はローのために涙を流してくれた。


亡くしてしまった家族の温もりを、思い出させてくれたひと。



「その人が俺に“オペオペの実”をくれた。命と引き換えにな」
「………っ、」


セラフィナの体がこわばった。

………恩人というのは変な話だと笑うか?
俺が奪った命だと、そう責めるか?


俺がいなければ、今もあの人が生きていたと、

そう言われても、俺は反論なんて出来やしない。


………それでも、感謝せずにはいられねェんだ。
恩人と呼ばずにはいられねェんだ。



「そのおかげで俺は珀鉛病を克服した。今俺が生きているのは、その人の……コラさんのおかげだ」


そして、今俺が生きている、

その理由は。



「俺の命は、コラさんの本懐を遂げるためにある」



なんでコラさんの話をしたのかなんて、自分でも分からない。

ただ、彼女には言ってもいいような気がした。
実際のフレバンスを知らない彼女であれば、無用な同情なんぞ買わないと思った。


………いつか、ペンギンやシャチ、ベポに別れを告げなければいけないことは分かっていた。
自分本位な復讐のために、奴らを殺すわけにはいかないから。


きっと奴らは、俺が別れを告げてもついてくると言うだろうから。

だからこそ、彼女に言ってみたかったのかもしれない。
命を捧げられるのなんてごめんだ。


(………例え船長として受け入れなきゃならねェものだったとしても、俺に他の奴らの命は背負えねェ)


この船に乗っている間は、守ってやれる。
………だが、一生となれば話は全く別問題なのだ。


捨てるつもりの命、

それに他の奴らを巻き込むわけにはいかない。




彼女は少しの間黙していたが、やがてぽつりと呟いた。


「………似てるのかもね」
「は………?」

後ろから抱きしめたままだった彼女が、彼を振り仰いだ。



「今船長がいるのは、その人が船長を愛してたっていう何よりの証拠でしょ」



目を見開いた。

………同情はされないと思っていた。
確かに思っていたが、


(………コラさんに愛されて、)


そんなことを言われるなんて、露ほども思っていなくて。



『愛してるぜ!!』



コラさんの笑顔が蘇る。
………目頭が、不覚にも熱くなった。



「………そうかもな」


彼女の顔に、寂しげな微笑が浮かんだ。


「………船長の恩人の生き様が羨ましいわ、私には」
「………?」


「大事な人を守って、命を繋いで、………それで、死にたい」


ローは、眉を寄せた。


「何を言ってるんだ」
「私は誰も救えない」




壊すことしか出来ないの





そう言って笑ってみせた彼女が、………今にも消えてしまいそうに儚かった。


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