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Spell  56





「………G-5ですって?」


四人がちょうど広間に集っていた時。
シーザーの部下から告げられた言葉に、モネが声を上げた。

どうやらこの外に、海軍の荒くれ集団と名高いG-5が来ているらしい。


予想外かつ計算外のお邪魔者だ。
ローはため息をつくと帽子を深く被り、立ち上がった。


「………俺が出る。追っ払ってきてやるよ」


鬼哭を肩に担ぐと、セラフィナに視線を向け、顎でくいっと扉を指す。
彼女も鎌を持って立ち上がり、黒いフードを被って彼の後ろに着いていった。

カツカツと、二人の靴音だけが暗い廊下に響く。
呼び鈴だかブザーだか、早く出てこいとばかりに連打される音が耳につく。



「………俺が先に出る。後ろは頼んだ」
「分かってるわ」


カツリ、と細長い背が歩みを止める。



「………俺の別荘に何の用だ」



そこに見えた姿に、口の端を歪めた。



「白猟屋」



扉の向こうに見えたのは、

海軍中将、スモーカー。
モクモクの実を食べた能力者だという。


「帰ろうぜスモーカーさん!コイツとは関わり合いになりたくねェ!」
「コイツは七武海になるために海賊の心臓を100個本部に届けた狂気の男だ!気味が悪ィ!」



ローの姿を見た途端、騒ぎ出す後ろの破落戸集団。
………こりゃ確かに柄悪い。

というか。


「そんなことしてたの……?」
「今ツッコむとこじゃねェ………」


心臓並べて大合唱、やっぱ好きだったんじゃないか。
そんでもって海軍には受け入れられてないじゃないか。

やっぱロー特有の遊びじゃなくて。



「し、しかも奥のってアレじゃねェか!?元2億5000万ベリー、あのハク中将と互角にやりあった“死天使”、アル・セラフィナ………!!」
「………いや、やっぱ美人だけどよ」

「「「「「命だけは狩らないでくれ!!!」」」」」


「死神じゃないわ!!」
「いっそ“死神”に改名したらどうだ?」
「む、無責任な」


何が悲しくてそんな縁起悪そうな名前で呼ばれなきゃいけないわけ。
縁起悪いのは、医者のくせに生かすのか殺すのかはっきりしない死の外科医だけでお腹いっぱいです。

ポロッと零せば、鬼哭の柄でポカンと叩かれた。
すいません。


「ここは政府関係者も全て立ち入り禁止の島だ……ロー……それに死天使」
「………じゃあ、お前らもだな」


ローの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

スモーカーは不機嫌そうに眉を顰めながら、黒い盗聴用電伝虫を取り出し、音声を流した。
そこに聞こえた声と名前に、セラフィナたちは揃って目を見開いた。



「………ルフィって………あのルフィ……?」
「…………だろうな」


この島に来ているのだろうか。
あのエニエスロビーで世界政府に喧嘩を売り、シャボンディで天竜人を殴り飛ばしたあの彼が。

今にも死にそうな救難信号に、「もしもし!!俺はモンキー・D・ルフィ!!」海賊王になる男だ!!となんともブレない自己紹介をかます男。
………まず本物で間違いない。


「要件は何だ。緊急信号の捏造はお前ら海軍の十八番だろ」
「残念ながらこの通信はうちで作った罠じゃない」
「どうだかな………。俺も知らねェ話は終わりだ」


手っ取り早くあしらうつもりだったが、やはりスモーカーも引く気は無いようで。


「つまらん問答はさせるな。研究所の中を見せろ」
「今は俺の別荘だ。断る」


こちらの計画を邪魔されるわけにはいかない。
よりによって、海軍に、なんて。


「お前らが捨てた島に海賊の俺らが居て何が悪い。ここに居るのはおれとコイツだけだ……。麦わら屋がもしここに来たら首は狩っといてやる。話が済んだら帰れ」


バチリと両者の間に火花が散った。


と、その時。




「外だー!!」
「さむっ!!」

「………は………?」



賑やかな集団が飛び出てきた。
………知らないんだけどな、この展開。

しかも、あの見るからに寒そうなのって。



「あー!アンタ見たこと………セラフィナっ!?セラフィナでしょ!?」


ナミでした。


「………久しぶりねーナミ」


呆気に取られる他ない。
返す言葉も咄嗟に見つからず、棒読みになったのは許してほしい。




驚きから立ち直ったらしいスモーカーは、当然ローに食ってかかった。


「居るじゃねェか!何がお前ら二人だ!」

「居たな……。俺らも今驚いているところだ」
「右に同じく………というかいつ湧いたのよ……?」


案の定海兵たちは麦わらの一味を捕らえようと臨戦態勢に入っている。



「チッ…!面倒ごと持ち込みやがって!」


ローは苛立たしげに舌打ちすると、ROOMを張った。



「“タクト”」


人差し指をクイっと曲げれば、軍艦が空へと浮き上がる。
と思うや否や、鬼哭を無造作に振り下ろして軍艦を見事真っ二つに分断した。

………出来上がったのは、砦という名のオブジェ。
どういう意味でも結構すごい出来栄えだけど。


「………逃すわけにはいかねェな」


彼の視線が次に向けられたのは、外へ向かって走っていく麦わらの一味。


「足止めしてきますか」
「待て」


走り出そうとした肩を掴まれて、軽く内臓が浮いた。

文句を言う間も無く、鬼哭で空を突くロー。
………何をしてるんだと聞こうとすれば、その前に入ってきたにわかに信じがたい光景。


「………アレはどうなの…?」


中身だけ入れ替えるなんて、そんな器用な芸当出来るのか。
外科医どうした。それどっちか言ったら内科だろう。その前に精神科か、そうか。


「………これで戻ってこねェわけにはいかなくなったな」


あっ、ちゃんと外科医。
頭脳戦は専売特許ですもんね、失礼しました。


「ほ、本部にチクってやるぞ!」
「称号剥奪だ!!」

「心配無用」


ローがスキャンをかけて、手首を軽く曲げればすぐに積み上がった電伝虫の山。
何が何だか分かっていない様子の海兵たちを見れば、相当オペオペの実の能力がトリッキーなものだと痛感させられる。


「オペオペの実………改造自在人間だったな」


その言葉とともに、十手が飛んでくる。
それを真正面から受け止めたのは、ローの隣にいたセラフィナ。


「お前………覇気使いか」
「生憎ね。自然系とやり合えなくて2億なんてつくと思う?」

「………待て、セラフィナ」



久しぶりに手応えのある敵と踏んで口角を上げていたセラフィナだったが、ローの声に少し不機嫌そうな顔をした。


「やらせてくれないの?」
「手の内を見せるにはまだ早ェ。………白猟屋に明かすこともねェだろ」


そう言われれば大人しく引き下がるしかない。
自身の持つ能力の特殊さなんて、言われなくとも自分が一番よく分かっている。


「………じゃあ牽制にでも回っておきますか………」


傍観を決め込んだセラフィナは、階段にぺたりと腰を下ろした。

まるで緊張感のないその様子に、女海兵が目を見開く。
それに微笑を返して首を傾げてやればブンっと凄い勢いで視線を逸らされた。



海軍の目の前で彩色を使って不審がられるのは避けたい。
いずれバレることだと割り切ったとしても、ローが言ったように今この場所で手の内を明かす必要なんてないのだ。

このくらいなら武装色と鎌だけでどうにかなる気がするが、それは言わぬが花というものだろう。


なんて一人考えに耽っていると、さっきの女海兵がローに斬られたのが見えた。



(………あー……容赦ないわね)


腰からすっぱり斬られたらしい彼女は、上半身だけで雪の上に這いつくばっていた。
斬られてなお自分が息をしているというのが、剣士の身としては耐えがたい屈辱らしい。


「斬るならば殺せ!トラファルガー!!」


憤怒の眼差しを淡々と受け止めたローは、女海兵を冷たく見下ろした。


「心ばかりはいっぱしの剣豪か?………よく覚えとけ、女海兵」


彼が何を言うか、分かってしまった。
………性格が似てきたって?否定できないところがまた。




「弱ェ奴は死に方も選べねェ」



(………言い得て妙ね)



“死”に選択肢なんて、そう思わないでもなかった。
だが言われてみると不思議と腑に落ちる。

女海兵はぐっと唇を噛み締め、もう一度彼に切りかかった。


「………届かないわよ、そんな太刀じゃ」


折れてしまった刀身は、彼にかすりもしない。
どさりともう一度倒れ込んだ女海兵に、ローは鬼哭を振り上げた。


「気に入ったんなら、もっとキザんでやるよ」


その刀が届く前に、間に割り込んだ影があった。


「す、スモや〜〜ん!!」


傍観していた海兵たちが歓声を上げる。
彼、スモーカーの存在はやはり大きいらしい。



「……一騎打ちの勝負を邪魔するなんて、邪道もいい所ね」


彼の持つ十手の先には海楼石が埋め込まれているらしい。
嫌な気配に気づいたローが、顔を顰める。


「ロー、代わって」
「………」


彼は深くため息をついた。
これはセラフィナの逆鱗に触れたとまではいかないかもしれないが、彼女の美学に反した海軍側が悪い。
こっちとしては彩色がバレなきゃ何でもいいので、地雷を踏み抜いた奴らがどうなろうと知ったことじゃない。


「………仕方ねェな」


暫しの沈黙の後、くだされた許可の言葉に彼女は薄い笑みを浮かべた。
ローが鬼哭を下げた瞬間、十手に向かって鎌を振り下ろした。


「……お得意の煙になった方がいいんじゃない?甘く見られたものね」
「甘く見ているのは、どっちだ!!」


彼の姿が消える。
同時に鎌を頭の後ろに振り上げれば、ガキィンと硬質な音が響いた。

体をひねりざまに十手を押し退け、鎌の切っ先を下から上へ振り上げた。
その太刀筋から逃れたスモーカーが一旦彼女から距離を取る。


「ちゅ、中将とタイ張ってるぞ………!?」
「忘れちゃいけねェよ。アイツは能力者でも何でもねェ女だ。……それでも、2億5000万って額をかけられてんだ」


ローはその様を面白そうに見守っていた。
見聞色で彼の動きを読み切り、相手がロギアだという圧倒的不利な条件をまるで感じさせない動きを見せるセラフィナ。


「お前ら、この島で何を企んでいる!!」
「それはこっちの台詞ね。わざわざ立入禁止を犯してまで海軍が出る幕とは思えないわ」
「俺は元々王下七武海を信用しちゃいねェ!!」

「賢明かもな」


ローは口の端を吊り上げた。



「所詮俺らは海賊だ。海軍とは相容れないモンだろうが」
「じゃあ何故その立場についた!?何故わざわざ政府の狗になった!!」


「場所をかえなきゃ…見えねェ景色もあるんだ、スモーカー」

「大した余裕ね、全く」





ガンっと思い切り振り下ろされた鎌は、十手を雪の中にめり込ませる。
そのまま遠心力を利用して、柄の部分が彼の後頭部に入った。

それと同時に。



「“メス”」



スモーカーが地に倒れた。
キューブ状のものが雪の上に転がり、それをシャンブルズで手の内に収めたロー。

それは、スモーカーの心臓だった。
心臓を抜き取られた彼の胸には、空虚な穴が空いていた。



「何一つ……お前に教える義理はねェ」


建物の中に入っていこうとした時、何やら賑やかな声が聞こえ、揃ってそちらを見れば。



「あっ、トラ男じゃねェか!!」

「………麦わら屋………」
「セラフィナもいたのか!!ひっさしぶりだなー!」



頂上戦争で瀕死の重傷を負ったと聞いたが、やはりローの手術の腕前は超一流だったらしい。
2年ほど前に会った時と何一つ変わらない、眩しい明るさ。

変わった所と言えば、心なしか精悍になった辺りだろうか。


「久しぶりね。さっきナミたちに会ったわよ」
「ロビンがお前に会いてェって言ってたぞ!後で俺らの船来いよ!」

「………あん時ゃよくも拉致ってくれたな、麦わら…!」

「………えっ!?お前が乗ってたのってトラ男の船だったのか!?」



今更かよ。

ハートの名前で手配書も出回っているはずだが、
今の状況から見てもそれが当然だと思うんだが、
……どうやら彼に当たり前を期待するのは難しいらしいとの話。



「あれ、喋るくまは?」


よっぽどベポの印象が強いらしい。
可愛いもんね、分かる。


「この島にいるのは俺らだけだ」
「そうなのかー!ほんとにありがとな。お前は命の恩人だ!」
「よく生きてたもんだな、麦わら屋。だがあの時のことを恩に感じる必要はねェ。あれは俺の気まぐれだ。俺もお前も海賊だ。忘れるな」


ルフィはそんなローの言葉は意にも介さず、しししっと笑ってみせた。


「そうだな。ワンピースを目指せば敵同士だけど……2年前のことは色んな奴に恩がある。ジンベエの次にお前らに会えるのはラッキーだ!ほんとありがとな!」


感動の再会とやらをしていたところ。


「スモーカーさん!!」


ローに刻まれた女海兵が悲鳴のような叫び声をあげた。
女海兵はスモーカーの心臓がなくなっていることに気づくと、瞳を怒りに燃やしてローに切りかかってきた。


「よくも!」
「おいおい……よせ。そういうドロ臭ェのは嫌いなんだ」


ローは心底めんどくさそうな表情を浮かべながら、鬼哭を突き出し二人の中身を入れ替える。

その辺りでやっと海兵がわんさかいることに気づいたのか、逃げようとしたルフィがふと気づいたように振り返る。



「おい!トラ男!ちょっと聞きたいことがあんだけど!」
「…………研究所の裏に回れ。お前らの探し物ならそこにある」


ルフィが頷いて走り去ってから、研究所に入ったローの後を追ってセラフィナも中へ入った。


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