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Spell 54






シーザーの所へ潜入してから2日後。

特に行動を制限されることもなく、盗聴器は早々に取り外された(らしい)。
ローは鼻で笑っていたが、奴らは相当セラフィナを舐めてかかっているようで。

一応鎌を預けようかと自己申告したにも関わらず、シーザーには別に彼女が持ったままでいいと言われたのだ。
嬉しいんだか嬉しくないんだか分かったものじゃない。


今朝、彼らの部屋に来たモネがローに誰のとは明らかにしないまま、治療を請け負ってはくれないかと打診してきた。

住まわせてもらっている身で断る術も理由もなく、了承した彼は現在駆り出されている。


そんなこんなで一人残されたセラフィナだが、特段部屋でやることも無ければ話し相手もいる訳がない。
暇だったので部屋から見聞色を可能な限り広げ、外の様子を探ってみた。



(……随分派手にやりあったのね、クザンたち…。さすが大将といえばそうなんだろうけど、………え?)


彼女は目を見開いた。
最初こそ勘違いかと思ったが、何度覇気を強めてみても結果は同じだった。


生体反応があったのだ。


───この吹雪の中に、生きている人がいる?

この島に、彼ら以外の人間がいる?


目を細めた彼女は、コートを羽織り部屋を出た。



「………モネ、ちょっと出てくるわ」
「あら、セラフィナ。分かったわ。マスターとローには伝えておくわね」
「頼むわ」
「ちなみに今はすごい吹雪らしいから気をつけて。帰ってくる頃に温かいものでも用意しておきましょうか?」

「さ、さすがモネ様………」


この秘書、有能すぎる。
シーザーなんぞにはもったいない。(俺より懸賞金低いくせに何言ってんだ、お前!!という声が聞こえてきそうである)


「お願いしたいわ」
「ええ、任せて」


無事モネに伝言を託した後、一歩外に踏み出せば途端に身を刺すような大吹雪に見舞われた。
彼女のいう通りである。


「………さっむ………」


(………しっかしこの寒さの中で生体反応ってどういうこと…?まさか雪男とかじゃないでしょうね)


うわ、本気でありえる。
今から帰った方が良かろうか。

なんてげんなりしながら歩いていると、


「う、わっ!?」


突然、吹き荒れる吹雪とは明らかに異質な、氷の刃が襲ってきた。
コレ刺さったら串刺しだ、ほんとにありがたくない。

ただでさえ危なそうな天候の中、外に出てきた訳だ。
これで体に立派な穴でも開けて帰った日には、ローからどんな恐ろしいお説教を食らうか分かったもんじゃない。


見聞色を広げれば、刃が飛んできた方向に生体反応を確認した。
敵と判断して、彩色を纏おうとした時、

ふと思い浮かんだ、ひとつの可能性。


「………まさか、……クザン?」



自然系、ヒエヒエの実の能力者である彼。

彼ならこの吹雪の中、外にいても平気で生きていられるだろうし、赤犬との戦いで負った怪我がまだ癒えないからといってこの島に留まっているなんてことも十分にありえる。

………何より、さっきの攻撃ひとつで相手の並々ならぬ力量を感じた。
そんな真似が出来る人材なんて、この吹雪の中でなくとも自ずと限られてくるというもので。


「………は………?セラフィナか?」


長い沈黙の後に返ってきたその返事に、やはりそこにいるのは彼だと確信した。


「この吹雪、クザンが起こしてるの?」
「………まだ制御が効かねェのよ……。あまり近寄らない方がいい」


白い雪の中に、おぼろげに浮かび上がったシルエット。


「ここまで来ちゃったら無理ね。ま、何かあったら自業自得で」


ローが聞いていたら確実にお説教確定だ。
お目付役がいないのをいいことに、彼女は保護ガーディアンを発動させる。


ふわりと吹雪の強さが弱まり、ようやく向こうがはっきり見えるようになったが、

……そこに見えた光景に絶句した。



吹雪が起こっていた真ん中に座り込んでいたのは、思った通り元海軍大将、青雉だった。


気だるげな雰囲気も、眠そうに開けた目も変わらない。



………右半身を覆う火傷の痕と、

左足が無くなったこと以外は。




「………見苦しいモン見せちゃったね」



そう言って肩をすくめる彼を見ていられなくて。
彼女は何も言わずに、彼の右肩にそっと手を置いた。

ジリ……と音を立てたそこ。嫌な感触に眉を寄せる。
クザンも痛みに顔を歪め、彼女の手を離そうとした。


「動かないで」


さすがの彼女でも、失くした足を戻してあげることは出来ない。
せめて、今彼を襲っている痛みだけでも取れれば。


治癒ヒーリング


彼が目を見開いた。

仄かな光が指先から広がり、幹部から全身に、失った左足のところまで、光が駆け巡る。
右半身全体に広がった火傷が、ゆっくりと修復されていく。


………だが、完全には消えてくれなかった。
右の首から肩くらいにかけての痛々しい痕が、消えることはなかった。

やはり伝説と尊ばれるこの力とて、万能ではない。



「っ………」
「セラフィナ、そろそろやめときなさいや」


患部に触れていた彼女の手が、僅かに震え出したのを察知したクザンが彼女を止めた。


……この力は、体力の消耗が激しい。
自分の体力を相手の治癒力に変換して注ぎ込むのだ、当然と言えば当然である。


「………痛くねェ…どういうこった」
「完全に元通り……とはいかない訳ね……」

「何の能力だ?」



(………え………?)

彼は、“能力”。そう言ったのだ。
“彩色”とは一言も言っていない。


(元海軍大将ほどの人間でも、一回使ったくらいじゃ一目で彩色だって分かるわけじゃないってこと……?)


海峡のジンベエにはすぐ見破られたらしいとローに聞いたため、大将ともなれば言わずとも一発だと思っていたがどうも違うらしい。

………日に日に謎が深まっていくばかりである。
なんなんだ、このよく分からん能力。


(クザンが知らなかったからって言って赤犬とか……ナントカって人が知らないとは限らないし、しかもクザンって超例外的な大将だからあんま当てにはならな………)


「………今結構失礼なこと考えたでしょ」


我に返って彼を見れば、胡乱な視線が向けられた。


「気のせい気のせい」
「……ま、言う気ないってことだけは分かったけど」
「もう“海軍大将”じゃないんでしょ?どういう意味でも深入りする必要はないわ」

「恩恵を受けちゃった身としちゃ、どうしたって気になっちまうワケよ。……助けてもらっといてなんだが、得体の知れねェ力に侵されたと思えばそう冷静でもいられんでしょうよ」


そう言って肩を竦める彼を、セラフィナは真っ直ぐ見据えた。

今は切れたとはいえ、海軍との繋がりを持っている彼が自分たちの天敵になり得ないとは断言できない。
これからの自分たちの計画を考えると迂闊な真似をする訳にはいかないのだ。


「後々クザンが危害を被るようなことは起こらないってことだけは保証しとくわ。……助けちゃったとは言え、何もあなたを無条件に信頼してる訳じゃない」

「………ま、当然だな」


彼はふっと口元を緩めると、よっこらと胡座をかいた。


「じゃあ、こう言ったらどうだ?」


彼の瞳は、もはや気怠げなそれではなかった。
元大将という肩書きに相応しい、鋭利な刃物のような瞳だった。



「俺はもう海軍側の人間じゃねェ。これから先も、サカズキを元帥とする海軍にはつくつもりもねェ」



彼女は目を見開いた。
真意を探るように彼を見据えていたが、……やがてふっと微笑してみせた。


「残念ながら、私はそこまで甘くないの」
「甘い……?」

「海軍だろうが海軍じゃなかろうが、大事なのはそこじゃない。………大事なのは、私の敵になりうるか否か、ただそれだけ」



クザンは目を見開いた。


味方ではないが敵でもない。
敵ではないが味方でもない。

……これが同義でないことは、もはや一般常識である。


「………俺にはさ、迷いがあったワケよ」
「?」

「海軍の掲げる“正義”の名の下で失われていく命を、無視することは出来なかった」


あの日、バスターコールによって消えた一つの島。
その時に失われた、大切な友人の命。

“正義”と一括りにして、その犠牲を無かったことにした海軍。

…………彼には、到底出来そうになかった。



「俺は、死んじまったアイツが見たかったものを知りてェのよ…。……この世界が変わる、その果てをな」


セラフィナは静かに彼の独白を聞いていた。
言いようのない哀しみをたたえたその瞳に、嘘偽りは欠片とてありはしなかった。


「そのために必要なら、お前の敵にもなるかもしれねェ。誰の敵になるかも分からねェ、それが未来ってモンだ」


彼女は目を見開くと、くすりと笑った。
呆気の取られるクザンを他所に、可笑しそうに笑う彼女を見た彼は、訝しげに眉を寄せた。


「笑われるようなことを言ったつもりはねェんだが」
「……ふふっ……あまりにクザンが正直で。むしろ今ので信頼出来たわ」
「は、」

「信じて手の内を明かした結果、後々その人と敵対することになったとしても……夢を追う人相手なら、別に構わない。他人の夢を邪魔する仁義なんて無用の長物でしかないわ」


彼女の口元に、好戦的な微笑が浮かんだ。



「未来はいつか来るのを待つためのものじゃない。………作り出してなんぼでしょ」


(………知れば知るほど、いい女じゃねェの)

クザンは面白そうに口の端を上げてみせた。


「面白いじゃねェの……。お前さんのためなら、ちょっくら動いてやってもいいと思っちゃった辺り俺も大概かね……」
「……それが本音なら、お願いしたいことがあるんだけど」
「内容によるな。なんだ?」

「“疾風のハク”の情報を私に流して」



ピシリ、ピシリと彼の左足を形成していた氷が、動揺を表すように止まる。



「………理由は、聞いたら野暮かね……」
「私の能力を知りたいなら、それと一緒に話すわ。……クザンが引き受けてくれるならって話だけど」

「───分かった」


そう言って頷いてみせた彼の目は、今まで見たどんな時よりも真剣だった。
……この日、彼女は元海軍大将と一つの契約を成立させたのだ。





(………………)
(え、その反応ってどう受け取ればいいの)
(………あのさ…。もうちょい事の重大さを知った方がいいんじゃないの、お前さん)
(ま、後はよろしく。そろそろ帰るわ。寒い)
(愛しの彼がお呼びか)
(モネにあったかいもの頼んできちゃった)

(ホントに潜入中か……?)





にしても外科医も不憫だ。
ついでに敵手懐けてる(こき使ってる…?)この女恐るべし。


なんて青雉が思ったとか思わなかったとか。


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